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act.3君と星の世界へ<64>

今までは特に疑問に思わなかったものの、葵が学園の外を歩く時はいつも目深に帽子を被っていることも急に意味を持った行動に思えてくる。 親しくなる前、まだ互いが初等部に属していた頃から、奈央は葵のことを存在だけは知っていた。思い返せばその頃も、初等部の制服の一部だった帽子を深く被り、いつも俯いていた印象がある。 葵が心に大きな傷を負っていることは歓迎会の出来事からも容易に予測することが出来たが、その深さはきっと奈央が簡単に慮れるものではないのだろう。 何と声を掛けてよいのか分からず、奈央はただ、こんな事を告げてやるしかない。 「好きだよ、すごく」 いやらしい気持ちなど微塵もなく、不安に震える葵の体をただ慰めたくて、言葉と共にその体を抱き締めていた。“好き”は今、葵の髪に向けられた言葉に違いなかったが、葵本人に対しての思いを口にしたかのように体が熱くなる。 「変だなんて、思ったこともない。ずっとずっと、好きだよ」 葵からも遠慮がちに手が伸ばされ、そして奈央のシャツを掴んでくる感触がする。好意を示すように髪を撫でる手を再開させれば、さらに葵の体がぎゅっと擦り寄ってきた。 「ごめんなさい、元気がなかったのは奈央さんなのに」 「ううん、葵くんとこうして居られるだけで元気になったよ」 取り繕うための言葉ではない。奈央の本心だった。 以前までの奈央は学園でも実家に居る時のように、期待という名の圧力に押し潰されていつもどこか息苦しさを感じていた。 けれど、生徒会に導いてくれた冬耶と、そしてそこで出会った葵のおかげでようやく素の自分で居られることが出来るようになった。 「葵くんにもいつか、そう思ってもらえる存在になりたいな」 これも奈央の本音。 会社を継ぐことも、そのために許嫁と結ばれることも、嫌だとは思いながらもここまで育ててくれた親への恩を思えば、そう簡単に捨てきれるものではない。 葵への想いはこのまま気付かないフリをしてやり過ごさなければ、と奈央は改めて心に決める。その代わり、せめて葵に何かあった時に頼られる存在へと昇格したい。そう思っている。 ただの先輩の一人としてでも構わなかった。

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