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act.3君と星の世界へ<68>

エレベーターが止まり扉が開くと、そこは真白い空間が広がっていた。 壁や床だけでなく、奥に置かれたソファセットや、デスク、書棚やチェスト、その上に置かれた花瓶、飾られた花まで全てが真白い異様な世界。倒錯的な空気に、冬耶は目眩を感じた。 一番奥のデスクに腰掛けている人物だけが、真白い世界に異彩を放つ艶やかな黒髪。入室を悟った彼、馨はゆっくりと立ち上がり、そしてこちらに向かい恭しく会釈をしてみせた。 「突然お呼びだてして申し訳ありません。本来ならこちらから伺うべきだったのですが」 冬耶と陽平がデスクに近づくと、馨はソファセットに座るよう手招きながら、自身もその向かいへと移動してきた。 独特の甘く澄み透った声音も、その容姿も、もう十年以上の月日が経つというのに冬耶の記憶の中のものとちっとも変わらない。 「冬耶くんだよね。大きくなったね、驚いた」 馨もまた、冬耶の姿を観察していたらしい。十年前の冬耶はまだ初等部の低学年だった。大学生へと成長していれば、彼が驚くのも無理はない。 邪気のない人懐っこい笑顔に思わず形だけでも挨拶をしようとしたが、陽平がそれを差し止めた。 「貴方とはこちらも一度きちんと話をしておきたかったんだが、なかなか所在が掴めなかった。身を隠すのがお上手なようだ」 陽平の声音は家庭では聞いたことのないほど冷え切っていた。 「陽平さんも、久しぶりですね。隠れるなんてとんでもない。定期的に連絡は差し上げていたはずですよ」 「連絡だと?一方的に小切手を送りつける行為を貴方はそう呼ぶんですか?今回もそうだ。一体これはどういうつもりか、教えていただきたい」 落ち着き払った様子の馨とは対照的に、陽平の声音には隠しきれない怒気が込められている。ジャケットの胸ポケットから取り出した例の小切手を机に叩きつける動作もまた、感情が如実に表れていた。 「どうって、手紙にも記載した通りですよ。子供一人育てるには色々と費用が掛かるでしょう?」 「葵には何不自由ない生活を送らせている。貴方に施しを受ける謂れはない」 「でも冬耶くん、今大学には援助を受けて通ってるんでしょう?お困りなのでは?」 また馨の視線が冬耶へと絡みついてきた。西名家の実情をよく調べ上げているらしい。己の膝の上に置いた陽平の拳がわなわなと震え出したのに気が付いて、冬耶は自分が代わりに口を開こうかとしたが、やはり陽平が先に言い返す。

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