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act.3君と星の世界へ<77>

* * * * * * いつのまにか胸に凭れ掛かり眠りについてしまった葵。規則的に漏れ聞こえる寝息がシャツ越しにうっすらと温もりを伝えてきて、奈央は必要以上に心拍数を高まらせてしまう。 二人を照らす星は相変わらずきらきらと煌めいていて仮初の永遠につい酔ってしまいがちだが、ホールの外から何やら不穏な怒声が聞こえてくるのに気が付いた。 何事かと耳を澄ませれば、声色の違う二人の男性がこの場にそぐわない怒鳴り声を上げているようだった。そしてその相手は姿の見えない館長らしい。 何かあったのかもしれないと察した奈央は、起こさないよう細心の注意を払って葵の体を自分から椅子の背もたれへと移動させると、席を立った。 外の様子を伺うためにホールの扉を少しだけ開いて目だけを覗かせれば、やはり二人組に取り囲まれているのは館長だった。ただでさえ小柄な彼は今萎縮しきっていてより小さく見える。 事情は分からないがどうやら男たちはガラの悪い連中らしい。金が返せなければここを立ち退けと主張する二人に、館長はひたすら頭を下げてもう少しだけ時間をくれと必死に頼み込んでいた。 この場に出ていってもただの高校生である奈央には何もしてやれない。事態を悪化させるだけかもしれない。そうは思うが、二人組が老人を突き飛ばす仕草を始めてしまえば、見てみぬフリをするのは耐え難かった。 しかし、奈央が扉を開けて出ようとすると、先に館長が奈央の存在に気が付いたようだった。二人にバレないよう小さく首を横に振ってその行動を咎める視線を一瞬だけ向けてくる。 仕方なく奈央は二人組が館長に罵声を浴びせるのにも飽きて立ち去るまで、大人しく身を隠していることしか出来なかった。 「奈央さんと、いったかな。すまないね、嫌なものを見せてしまって」 ところどころ塗装の剥がれた床に這いつくばった館長が起き上がりやすいよう手を差し伸べれば、申し訳なさそうに頭を下げられてしまった。 「いえ……あの、大丈夫、ですか?」 「何、自業自得だよ。私が浅はかだったのが悪い」 ホール前に設けられたベンチに腰掛けた館長は、奈央に隣に座るよう促してきた。 「この土地を買い上げようとしてきた会社があってね。抵抗したが、しつこく説得してきて困りきっていたんだ。実際、見ての通りの状態だ。妻に早くに先立たれて一人で遣り繰りしていたが、正直揺らがなかったといえば嘘になる」 手入れの行き届いていない、古びた設備のプラネタリウム。彼の言う通り、売れるチャンスがあるのならばそれに乗じるのも選択の一つだと奈央は思う。

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