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act.3君と星の世界へ<78>
「けれど、どうしてもこの場所を手放したくはなかった。ここを愛してくれる子がいる限りは頑張りたい。そうも思っていた。そんな時にね、支援してくれると名乗り出てきた企業があった」
「支援、ですか?」
「あぁ、最新の機器を投入して、内装も変えればきっと上手くいくと、そう言われてね。後は面倒を見てくれるという言葉を信じて、その費用だという金額の一部を負担した」
遠くを見つめる館長の横顔に、奈央はただ黙って先を促した。
「だが、結局種明かしをすれば、ここを買いたいと言い出したのも、支援すると持ちかけてきたのも、元は同じだった。つまり……私はただ、口車に乗せられて、僅かな貯蓄も全て失ってしまったんだよ。残ったのは借金だけ」
「それは……犯罪、にはならないんですか?」
館長は自嘲気味に笑ってみせるが、奈央はつられて頬を緩ませることなど出来ない。孤独な老人を狙って金銭を巻き上げる手法は罪に問えないのか、湧き上がる憤りを言葉にすれば、館長は力なく首を横に振った。
「奈央さん、なんでこんな話を君にしたかというとね」
柔らかい笑みを浮かべた館長は、その皺だらけの手で奈央の手を掴んできた。
「今の私には葵ちゃんが唯一の友人なんだ。だから葵ちゃんだけが心残りだった。いつのまにか独りぼっちになったあの子が、ここを失ったらどうなるか、想像もしたくない」
孫ほども年の離れた葵だけが、この場を維持させたいと願う理由だったのだと館長は語る。”いつのまにか”というフレーズはそれまでの葵は誰かとここを訪れていたことを示していて奈央は気に掛かってしまう。だが今はそれを問いかける雰囲気ではない。
「でも、今日こうして君を連れてきてくれた。君が葵ちゃんの支えになってくれているんだろう?私はもう、安心していいんだね?」
期待を込めた眼差しを向けられ、奈央は言葉に詰まってしまう。力強く握られる手も、微笑みとは裏腹に悲痛な思いが込められているのを感じた。
頷いてやるのが筋なのだろうが、頷けば館長がその後どうするつもりなのか察しはついていて、安易には答えられない。
「すまない、君に責任を押し付けるのは良くないな。……葵ちゃんはまた眠ってるのかな?あの子はいつもそうなんだ」
奈央を困らせていると悟った館長は自ら手を引いてくれた。気を取り直すように明るい声を出す彼に、ツンと目頭が熱くなるのを感じた奈央はただこんなことしか返せなかった。
「また来ます、葵くんと一緒に」
何が正解なのか分からない。けれど、奈央の言葉に館長は大きく頷いてくれた。
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