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act.3君と星の世界へ<79>
二人でホールの中へと立ち戻れば、葵はまだぐっすりと眠りこけている。座席の肘掛けに頬を預けて心底安心しきった表情をしているのを見れば、この星明りの世界でずっといい夢に浸らせてやりたいと思わずにはいられない。
けれど奈央の気持ちに反し、館長は葵の肩を揺さぶって眠りを妨げてしまった。
「こら、葵ちゃん。またほっぺに跡が残るぞ」
「……ん、あれ、寝ちゃってた」
「いつも起きてた試しがないじゃないか」
目を擦りながら体を起こす葵の頬には、指摘通り肘掛けの跡と思しき筋が刻まれてしまっている。眠っていた時は造り物かと見紛うばかりに美しかったと言うのに、間抜けな跡がそれを台無しにする。でも奈央は葵のそういうところが魅力だと感じていた。
まだ覚醒しきらない葵を連れて、館長は受付の中へと案内してくれた。聞けば、星の鑑賞が終わったあとはいつもここで二人してお茶をするのが習慣となっているらしい。
葵以外の初めての招待客とあって、館長は張り切ったようにお茶を淹れてくれている。机の上にはお茶菓子まで並べられていた。
「ここでいつも館長さんと計画を立ててるんです」
早速とばかりに和菓子に手を伸ばした葵は、奈央に秘密を打ち明けるかのようにきらきらとした瞳を向けてきた。
「計画?どういうものなの?」
促してやれば、葵は室内の戸棚の一部を開けて、中から一冊のノートを取り出して渡してくれた。
そこにはこのプラネタリウムの再建計画がカラフルなペンで気ままに描かれている。近隣に割引きクーポンを配る、募金活動をする、なんて現実的な案から、館長に友達を100人作る、なんて思わずくすりと笑わずには居られないものまで様々だ。
葵が葵なりに闘おうとしている姿を見れば、館長がここを何とか維持しようと奮起するのも無理はない、そう思わせる。笑っていたはずなのに、先程の訪問者を思い出して、奈央の胸に苦いものが広がっていく。
館長は葵にあそこまで深刻な事態に陥っていることを告げられていないようだった。お茶を淹れている館長に視線をやれば、彼は案の定、こっそりと唇に一本指を当てて口止めをしてくる。
「奈央さんも何か思いついたら教えてください」
「……うん」
無邪気な笑顔を向けられれば、つい頷いてしまう。この笑顔を守りたい。そう思うのに、どうしてこうも上手く行かないのだろう。
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