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act.3君と星の世界へ<83>
「……猫ちゃんさ、字はめちゃくちゃ綺麗なんだね」
彼の机の上に散乱したプリントを見れば、どうやら先程まで歴史の授業が行われていたのだと分かる。一応彼なりに奮闘した跡が残る紙上には、驚くほど整った字が並べられていた。
「書いてある内容で台無しだけど」
授業の内容の理解度を試すミニテストだったのだろう。空欄自体も目立つが、綺麗な字で答えが記されているかと思えば、その内容はあまりにも幼稚だ。
「……うるさい」
「字の上手さは褒めてるんだから良いじゃん」
彼が何故頭の出来と反比例してこれほど字が上手いのか。彼がどんな家の出身かを考えれば聞かずとも答えは導けた。
「ねぇ猫ちゃんってさ、家、帰ってないんだよね」
他人に興味の無い櫻でも、都古が由緒正しき芸能一家に生まれたことも、ある時期を境に実家に一切帰らなくなったことも、噂好きの生徒たちのおかげで知っていた。
「家捨てて、猫ちゃんはこの先どうするの?卒業したらその後は?」
櫻は何も都古に説教をするつもりで聞いているわけではない。ただ、跡継ぎとして必要とされていたはずの都古が家を捨ててどうするつもりなのか、それを知りたくなったのだ。環境は違えど、境遇に似たものを感じているからかもしれない。
「アオと、いる」
「葵ちゃんと?まさか葵ちゃんに稼がせてヒモになるつもり?」
「……ちがう、ペット」
どうやら都古は櫻の予想以上に弱っているらしい。無視されるか、はたまた暴言を吐かれる覚悟は出来ていたのだが、案外素直に返答を返してくる。けれど、その内容もまたひどい。
「じゃあもしかして、僕が葵ちゃんと付き合ったら、君がおまけで着いてくるってこと?」
この都古ならそれも有り得ると思えてしまうから不思議だ。葵と結ばれたあかつきには、家中に猫よけ対策をしなければならないらしい。
「アオと、付き合うの……俺」
「じゃあ恋人でペットってこと?贅沢なこと考えてるね」
「うるさい」
いい加減、大人しくしていた都古も、櫻との会話に我慢の限界が来たらしい。葵なしでここまで相手をしてくれていた時点で既に奇跡に等しい。怒られるのは想定の範囲内だ。
でも櫻のシャツを掴んでくるところまでは予想外。やはり自分は都古にとてつもなく嫌われているようだ。
「許して、ない…から」
「まだ始業式の日のこと怒ってるの?っていうか、泣かせはしたけど、君、あれ以上のこともっとしてるんでしょ?」
よくよく思い返せばキスをして、そして胸を弄った程度。言葉で怖がらせて泣かせてしまったことは反省しているが、普段の猫の行動を察するに絶対に櫻以上の行為を迫っているに違いなかった。
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