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act.3君と星の世界へ<84>
「じゃあ僕も言わせてもらうけど。歓迎会の時に僕の部屋のバスルームで葵ちゃんに何してた?」
「……それ、は」
「気付いてないフリしてたけど、傷ついてる葵ちゃんに手出したの、知ってるからね」
指摘すれば無表情の都古の顔に珍しく焦りの色が浮かんだ。バレていないと思っていたらしい。やはりこの猫は葵のことしか頭にないせいで、少し抜けている。
でも櫻が更に都古へのからかいを続行させようと口を開いた時だった。無遠慮に教室の扉が開く音がして、見るからに素行の良くなさそうな生徒達が入ってきた。先頭の二人組は制服を着用しているが、残りの格好はバラバラだ。
「あれ、ミヤコちゃん、クイーンとも出来てんの?」
どうやら彼等の目的は都古らしい。櫻のことを一瞥したものの、その視線は都古へと注がれている。都古が櫻のシャツを掴んでいたことで、どうやらあらぬ誤解を立てられているようだった。
「え、マジで副会長じゃん。やばくね?」
「どうすんだよ、一人っつーから来たのに」
そして彼等は都古一人を何らかのターゲットにするつもりだったらしい。役員である櫻がこの場に居ることで、不安そうにする生徒の声が聞こえる。
「月島さん、俺らちょーっとこいつに話あるんで、席、外してもらえますかね?」
頭らしい生徒が嫌に媚びた声で櫻に話しかけてきた。こいつ、といって指差したのは都古だが、どう見ても友好的な関係には見えない。
「猫ちゃん、こいつら知り合いなの?」
「俺たち、一緒に補習受けてる仲なんで。これから勉強会しようかと思ってるんすよ。成績優秀な先輩にはそんなもの無意味でしょ?」
都古に問いかけたというのに、答えたのはさっきの生徒。何としてでも櫻をこの部屋から追い出したいらしい。
「悪いけど、僕も彼に用がある。僕よりも君たちの用事のほうが大事なの?」
立ち上がって睨みつければ、案外彼等はすぐに視線を逸してきた。けれど、分の悪さを感じて一旦引こうとした彼等を止めたのは意外にも都古だった。
「俺は、アンタに、用無い」
どうやら櫻に助けられるのは彼のプライドが許さないらしい。はっきりと拒絶してきた都古に、今度は櫻が引く番だ。
「あ、そう。じゃあお好きに」
櫻もそこまで人が良いわけではない。そのまま教室の外へと向かうが、最後に一度、足を止めて振り返る。中にはもう戦闘態勢で殺気立っている都古が数人の生徒たちを睨みつけていた。
「猫ちゃん。ここで何があっても、猫ちゃんが罪に問われないようにしてあげる。だから、”お好きに”、ね」
直接的に助けはしないが、彼がここで暴力沙汰を起こしても、多勢に立ち向かったことは知っているし、処分を食らわないだけの配慮はしてやろう。自分に軽々しく話しかけてきた一般生徒の態度も気に食わなかったし、ちょうどいい。
だからそう宣言してやれば、都古の口元がニヤリと不敵に歪んだ。
櫻が教室の扉を閉めれば、すぐにガツンと骨がぶつかる鈍い音とうめき声がする。それは誰の声だろう。
少なくとも都古、ではない。それだけ分かれば十分だ。
櫻は来た時と同じく、譜面ケースだけを片手に元の道へと戻っていった。
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