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act.3君と星の世界へ<87>

「あ、の……あなた、は」 「可愛いね、葵。怯えてる。怖がらないで」 固まる葵にどこかうっとりとした声音を出す彼は、そのまま頬を寄せて、口付けてくる。その感触が更に葵の体を固まらせた。怖い、けれど、すぐ傍にいるはずの兄を呼び寄せるだけの声が出てこない。 「今日は遠出したんだね。楽しかった?プラネタリウム、潰れないといいね」 出かけた場所を告げられて葵の体がびくりと跳ねる。どうして彼はそのことを知っているのだろう。浮かんだ疑問を読み取ったのか、彼はさも当たり前のようにこう告げた。 「いつでも葵を見てるから」 ドクンと心臓が音を立て、言いようのない不安と恐怖に包まれる。本気で逃げ出そうとするが、腕をきつく掴まれて動けやしない。まだ完全に傷が癒えていない手首からは、ぎりぎりと痛みがせり上がってくる。 「別に危害を加えようだなんて思ってないのに。そういう態度は酷いんじゃない?」 さっきまでのどこか甘ったるいものとは打って変わって、冷たい声音になった男に、ますます葵の顔が強張る。泣きたくなるのを必死に堪えて目を合わせれば、彼は愉快そうに口元歪めた。 「ねぇ、また髪、隠してるね?どうして?」 「あ、やめて。返して」 「だーめ。本当の姿を隠そうなんて許さないよ。こんなに可愛いんだから、見せびらかせばいい」 またも彼は葵の被る帽子を脱がせてくる。キャップは結局彼に取られたままだが、冬耶とお揃いの帽子まで奪われるわけにはいかない。必死に取り返そうとするが、葵よりもずっと背の高い彼が帽子を高く掲げてしまえばかすりもしない。 「お願い、返して。お兄ちゃんが、買ってくれたのに」 「お兄ちゃん?そうだ、葵はあいつのことお兄ちゃんって呼んでるんだったね」 彼の声が何故か一段と低くなった。グッと葵の体を本棚に押し付け、そして耳元に唇を寄せてくる。 「違うでしょ?あいつは葵のお兄ちゃんなんかじゃない。偽物に惑わされるなんて、どうかしてる」 「にせ、もの」 「そう、あれは偽物。葵のお兄ちゃんじゃない。あいつも、葵のことを弟なんて思ってないよ。ただ下卑た欲望を抱えて葵を油断させてるだけ。他の男と同じ。いつ葵を抱こうかしか考えてないんだから。気をつけて」 咎めるように耳たぶを噛んでくる男の言葉の半分も葵は理解出来ない。冬耶の何に気をつければいいのか。そんなことちっとも分からない。分かりたくもない。

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