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act.3君と星の世界へ<90>
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ヒリヒリと痛む拳を見下ろした都古は、この痕がしばらく残りそうな予感に溜息を零した。きっとこれを見れば、可愛いご主人様は自分が傷ついたかのように泣きそうな顔をするだろう。
普段なら痕の残りにくい蹴りだけで片を付けるのだが、今回は少々人数が多かった。持久力がない所が弱点だと自覚している都古が早く勝負を付けるにはあらゆる手段を駆使しなければならない。
そもそも一人相手に複数で挑んできた奴らに遠慮をする義理もないだろう。欲にぎらつく目をする彼等に倒されればその先に何を望まれているかは簡単に読めている。だから必死に抵抗せざるを得ない。
流しで傷口を洗いながら鏡を覗き込めば、頬にも少し、切れた痕が残っている。誰かが身につけていた時計やブレスレットの類が引っかかったのだろう。細長い傷跡にはじわりと血が滲んでいた。
「気持ち、わる」
傷を負わされただけとはいえ、誰かが体に触れてきたことには違いない。その痕跡を見れば、都古自身不快感で吐き気がしてくる。こんな気分で求めたくなるのはやはり葵の温もりしか無い。
「……アオ」
一度名を口にしてしまえば、もう会いたくて仕方がない。この姿を見れば心配を掛けるだろうが、これを癒せるのは葵だけだ。
思い立てばそこからは早かった。都古は薄っぺらい学生鞄だけを手に、何度も足を運んだ西名家へ向かって学園を飛び出した。
葵に会えることだけを考えていれば、思いの外すぐに西名家の前まで到着することが出来た。西名家はいつ来ても温かい。門や、塀から覗ける庭には色とりどりの花が咲くプランターが並べられていて、都古でも素直に綺麗だと感じる。
隣家とは大違いだ。ちらりとすぐ横の屋敷を覗き見れば、そこはすっかり冷え切って荒れている。
葵があそこでどれほど苦しい時間を過ごしたのか冬耶や京介から伝え聞いていた。葵自身からも全てではないが、都古を信頼して少しずつ抱えているものを打ち明けてくれ始めている。
それでもまだ足りない。もっとその全てを都古に委ねてほしい。そう思うのだが、内に抱えがちな葵の心を開くのにはなかなか時間が掛かる。
十年掛かってもまだ冬耶も京介も苦労している。葵との付き合いがやっと一年経ったばかりの都古が焦ってはいけないとは思うのだが、早く手に入れないと葵が消えてしまいそうな予感で狂いそうになるのだ。
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