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act.3君と星の世界へ<91>
「あれ、都古?何してんだ?」
ぼんやりと隣家を睨み続けていると、近付いてきた車の運転席から顔を出した人物に親しげに声を掛けられた。それは西名家の主、陽平だった。
「ちょうど良かった、そこ、開けて」
都古が居ることに疑問は感じたようだが、彼はさも当たり前のように受け入れると駐車場の引き戸を開けるよう命じてくる。こういう所が冬耶や京介の父親らしいと都古は思う。駐車場の門扉をスライドさせてやると、陽平の車が滑るように敷地内に入っていった。
「都古、帰り?それともこれから来るの?」
「……これから」
「よし、じゃあおいで」
朗らかに笑う彼には反抗する気が起きない。だから車から降りるなり玄関へと手招いてくれる彼に大人しく着いていったのだが、扉を開けてすぐに大きな声を出す彼には思わず苦言を呈したくなってしまう。
「あおいー猫一匹拾ったぞー」
陽平の言うことに間違いはないのだが、もう少し呼び方というものがあるだろう。大人ではあるが、子供っぽく悪戯好きの彼らしい。彼のそんな呼びかけでぱたぱたとスリッパを鳴らす軽快な音がしたかと思えば、待ち望んでいた主人の姿が現れた。
「みゃーちゃん!どうしたの?」
「……来ちゃった。ごめん」
「ここケガしてる。何があったの?」
都古へと真っ直ぐに伸ばされた手は、すぐに頬の傷を捉える。そして握った拳に浮かぶ痣も目ざとく見つけられてしまった。そもそも制服も髪もよれてしまっているのだから、異変を察知されるのも無理はないだろう。
「みゃーちゃん?」
乱れた髪を撫でてくれる葵からは、少しだけ叱るような声を出されてしまう。けれど、蜂蜜色の瞳にジッと見つめられると、もう抱きつきたくて仕方なくなる。
「都古、ご飯は?それとも先シャワー浴びて来るか?制服洗っといてやるぞ」
玄関先で押し倒してしまおうかと企み始めた猫を止めたのは、二人のやりとりを見守っていた陽平だった。けれど都古にとっては最高の助け舟である。
「アオ、一緒に、入ろ?」
「おぉ行っといで。その間に都古のご飯用意しとくよ」
どうやらすでに西名家の夕食は終わっているらしい。都古の下心には気づかず、陽平も都古の提案に賛成してくれる。陽平は二人がただとびきり仲の良い友人だと思っているのだから好都合だ。
「え、でも……」
「行こ、アオ」
一緒にバスルームへ向かえば、いつもただ入浴するだけで終わらないことは葵も学習しているらしい。本当は逃げたいのだろうが陽平に背中を押されてしまえば、はっきり嫌とは言えず、戸惑った様子を見せている。
そんな葵を抱き上げて捕まえると、都古は迷わずにバスルームへと連行した。葵と親しくなってから西名家には何度も訪れている。どこに何があるかももうしっかり把握出来ていた。
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