341 / 1393

act.3君と星の世界へ<92>

「待って、着替え用意してからにしよ?」 都古にがっしりと抱かれてしまってはさすがに観念したようだ。葵からも都古の首へと手が回り、前向きな返答がかえってくる。確かに着替えは必要だ。それにバスルームよりもベッドのある葵の部屋のほうが正直都合はいい。 「分かった。じゃ、補給してから、お風呂」 「補給?補給ってなに?」 不穏な単語に葵は体を揺らしてみせるが、逃してやらない。 行き慣れた葵の部屋へと運び込んで、その体を下ろすのは綺麗に整えられたベッド。ふかふかの布団に優しく寝かせ、その上にごろりと横になる。 「みゃーちゃん、お風呂は?」 「だから、補給」 スッと葵の首筋に顔を寄せてほの甘い香りを吸い込むと、それだけでズキズキと傷んでいた傷口が癒えていく感覚がするから不思議だ。ずっとこうしていたい。何度そう願ったか分からない。 「誰にされたの?」 「知らない」 「学校の人じゃないってこと?」 またそっと遠慮がちに頬の傷に触れてくる葵から、この傷を付けた犯人を尋ねられる。気になるのは当然だろう。都古だってもし葵が傷を付けて帰ってきたら誰にやられたのか、とことん尋問するに違いない。 「……そ」 「嘘だ。なんで嘘つくの?」 都古のとっさの嘘はご主人様にはすぐ見抜かれてしまう。叱るようにツンと額を突いてくるが、それでも葵の声音は優しい。 「僕の知っている人と喧嘩しちゃった?だから言えないの?」 京介と派手に拳を交えたことがあることを思い出したのか、都古が誤魔化す理由を葵はそう察知したらしい。仲の良い者同士が揉めたとなると、葵がより不安を感じるのは無理もない。都古の髪を梳いてくれる指先が少し、震えている。 「ごめん…アオ。違う。俺のこと、嫌いな奴」 「みゃーちゃんのこと?」 「うん、アオは、話したこと…ない、多分」 安心させるために紡いだ言葉は、都古の意図に反し葵の表情を更に沈ませてしまう。きっと葵のことだ。単純な喧嘩ならば自分が仲裁に入ろうとすら思ってくれていたはずだ。それが面識のない人物とあれば、どう解決させようか思い悩んでしまったのだろう。 「痛い?」 そう言って、葵が遠慮がちにそっと頬に唇を寄せてくる。葵からキスを送ってくれるなんて滅多にないご褒美だ。それがいやらしさのない、癒やすための行為だと分かっていても、ついそこから熱が灯ってしまう。 「アオ、ここも、して」 「甘えんぼだね、みゃーちゃん」 痣の浮かぶ拳を指し示せば、葵は少しだけ笑って、そして願い通り紫色に変色しかけた肌に唇を這わせてくれた。穢れをしらない桃色の唇が自分の肌を伝う、それだけで言いようのない背徳感が湧き上がる。

ともだちにシェアしよう!