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act.3君と星の世界へ<94>

「みゃーちゃんは人よりゆっくりなだけ。いっぱい頑張ってるのはちゃんと知ってるよ」 どうやらまだ自分は猫になりきれていないらしい。平気だと思っていた罵倒も、侮蔑も、胸に棘のように刺さっていたようだ。それが葵の言葉ではらはらと抜け落ちていく。 「一緒に卒業しようね」 「……アオ、卒業…したら?俺、どうすれば、いい?」 微笑む葵を困らせる質問がまた口をついて出てきてしまう。櫻に言われたことも気がかりだった。勉強も出来ない。家業もとっくに捨てた。そんな自分が学生という身分を離れれば行き場がないことは薄々感じていた。 「みゃーちゃんがずっと猫で居るって言ったのに。ちがうの?」 「そう、だけど……何、出来るかな」 甘えるようにまた葵の首筋に顔を埋めれば、葵はくすぐったそうに笑いながら都古の役割を考えてくれる。 「そうだなぁ。じゃあ春は一緒にお散歩しようか。みゃーちゃんは花の名前沢山知ってるから、だからみゃーちゃんの知っている花、全部探そう。二人で育ててもいいね」 確かに葵の言うとおり、華道家の母親の影響で小さい頃の読み物はそうした図鑑ばかりだった。特段それが自分の特技とも思っていなかったが、葵が言うならそんな気がしてくる。 「夏は……暑いからあんまり出掛けたくないね。涼しい所でお昼寝、かな?」 「アイス、食べよ」 「そうだね。違う味にして半分こにしよう」 葵は少食な割に、甘いものなら食欲旺盛になる。甘いものが苦手な京介の代わりに葵に付き合うのはいつしか都古の役目になった。 食べたい味を一つに絞れない優柔不断なご主人様のために、都古が葵の好みのものを頼んでやっている事実を分かっているのか怪しいものだが、これからもそんな時間が続くと思うとくすぐったくてますます彼が愛おしくなる。 「次はやっぱり読書の秋、かな?」 「俺は、膝で…寝る」 「うん、みゃーちゃんが膝の上で眠ってると、なんだが安心するんだ」 都古も、葵がゆっくりと本の世界に浸っている表情を見ているのは好きだ。ページをめくる細い指で、気まぐれに髪を撫で、頬をくすぐって来るところも堪らない。 「冬は寒いから、やっぱりくっついてよっか」 「うん、寝よ」 「待って。みゃーちゃん、寝てばっかりじゃない?」 言われてみれば確かに眠ることばかり選択してしまっている。無意識だったことに驚くと、葵はおかしそうに笑って、そしてまた都古の頭をぎゅっと自分の胸に寄せてくれる。 「まぁいいか。みゃーちゃんが寝てるとこ、可愛くて好きだから」 「起きて、たら?」 「起きてても可愛いよ」 他人に言われれば馬鹿にされているのかと嫌気が差す”可愛い”も、葵に紡がれればむしろ心地良い。言葉を裏付けるようにもう一度、葵から額にキスを落としてくれる。普段ねだってもなかなか恥ずかしがってしてくれないのに、今日は随分と都古を甘やかしてくれる。

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