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act.3君と星の世界へ<96>
* * * * * *
都古を残し、葵の部屋から出た瞬間、京介は陽平に招かれ父親の書斎へと連れて行かれた。中には既に冬耶も待ち構えている。どう見ても楽しい話ではない雰囲気だった。
紗耶香が葵を呼び出して急ぎでもない手伝いをさせているのも、きっと葵をこの部屋に近づかせない配慮だったのだろうとすぐに悟る。
「何の話?」
おもちゃばかりが並ぶカラフルな室内には似合わない重たい空気を打ち破るように京介が声を発せば、ローテーブルの上に一通の手紙が投げ置かれた。ほんのりと淡い緑で色付けされた便箋は見るからに質が良さそうである。
「それ、一回目を通せ」
陽平に促された京介はテーブル前のソファに腰を下ろすと便箋を手に取り、中を覗き見た。その全てを読み終える前に陽平から声が被さる。
「今日奴と会ってきたよ」
「……は?会ったって?聞いてねぇよ」
顔を上げて父を睨みつければ、京介が怒ることは十分承知の上だったのだろう。予想通りの反応、とばかりに苦笑いが返ってくる。
「お前がそうやっていきり立つから、奴と会った後に伝えることにしたんだ。どうせ連れてけって言うだろ?」
「……兄貴は?知ってたのか?」
「ごめん京介」
自分だけが蚊帳の外だった事実を知って、余計に苛立ちが増していく。手の中の便箋がくしゃりと音を立てて歪んだ。けれど、ここで彼等に怒りをぶつけても仕方がないことは分かっている。グッと堪えて本題に入ることにした。
「あいつ、なんだって?まさかマジで葵引き取るつもりなのか?」
確認せずとも手紙の文面や同封された小切手、そして何より目の前の二人の表情を見れば答えは分かりきっていた。病院で医師宮岡から受けた忠告通り、馨は葵を欲しがっているのだろう。
「”そろそろ”葵を返してほしい、だと。奴はうちに一時的に預けただけのつもりらしい。話が違うと藤沢さんに連絡を入れてみたんだけどな」
「なんて言ってた?」
京介の代わりに陽平に問いかけたのは冬耶だった。陽平が”藤沢さん”と呼ぶ相手は、この家に葵を招くことへ一役買って出てくれた藤沢家当主のことだ。けれど、善人かと言えばそうではない。奔放な息子である馨すら持て余していた当主は、ボロボロに傷ついた孫の処遇に困り、体よく西名家に押し付けただけに過ぎない。
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