347 / 1636
act.3君と星の世界へ<97>
「いや、直接は話せなかった。一応向こうから折り返してくれるよう頼んだが、まだ連絡はない」
「あの爺もそのつもりだったら?葵、取られんの?」
京介は両親と藤沢家がどのように話を付けて葵を引き取ることになったか、詳しくは聞かされていない。当たり前のようにこれからもずっと共に暮らせるのだと思っていたのだから、疑問にすら感じたことがなかった。けれど、陽平の反応を見ると、葵を西名家に繋ぎ止めておく強力な切り札など何もないのだろう。
「でもあーちゃん攫おうと思えばいくらでも出来るよな。強硬手段に出ないのはなんでだ?」
普段は笑みを絶やさない冬耶も、今は学園を統治していた頃時折見せたキレのある表情を浮かべている。組んだ手の上に乗せた頭の中では、きっとありとあらゆる可能性を巡らせているのだろう。
「こうして俺達が戸惑っている様を楽しんでいるだけかもしれない。何にしても、葵を奪われたら終わりだ。きっともう二度と取り返せない」
馨なら葵を巡ったゲームを単純に楽しんでいる可能性も有り得る。けれど馨がそれにも飽きたらゲームセット。陽平の言うように、一度奪われた葵を連れ戻すチャンスなどないのは明らかだった。
「とにかく、一度藤沢さんと会話する場を設けるから。どれだけ効力があるかは分からないが、それまでは手出ししないよう約束させる」
陽平が力強く言い切るが、彼の言うようにどこまであの狂人が当主の言うことを聞くかは謎だった。でも今はそんな僅かな希望に縋るしかない。京介が渋々ながら頷こうとすれば、それを止めたのは冬耶だった。
「もうあっち側の人間があーちゃんに接触してるかもしれない。あーちゃんの様子がおかしいのは京介も気付いてるよな?」
「……あぁ」
公園で泣きじゃくっていたことも、急に父親の記憶を蘇らせたことも、たしかに京介は違和感を感じていた。兄も同じだったようだ。ぼんやりとしていた予感が、その後冬耶から本屋での一件を聞いて急に確信に変わっていく。
「そうならないと願いたいが……葵から奴を求めさせたらそれこそ厄介だ。極力一人にさせるなよ」
馨傘下の人間が、葵から父親を恋しがるよう操作しようとしている。冬耶の話を聞いてその可能性を感じたのか、陽平はそう告げてきた。
葵があの男を求めるなんて有り得ない。そう言い切りたいが、あの日、葵が泣きじゃくりながら父親を呼んでいた姿は今も胸に焼き付いている。
だがそこでふと、もう少し鮮明にあの記憶が蘇ってきた。葵がもう一人、父親以外の名を呼んでいた気がするのだ。誰だっただろう。思い返してみるが、京介自身も幼かった。葵の泣き顔以外は靄がかかったようにおぼろ気だ。
ともだちにシェアしよう!

