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act.3君と星の世界へ<99>

「京ちゃんが一緒に居てくれたから、沢山好きな人が出来たよ」 そう言って微笑んだ葵に、何故だか息が詰まりそうなほど悲しさが込み上げてくる。せっかくここまで葵と共に積み上げてきたものが失くなるかもしれない。そんな恐怖が一気に湧き上がってくる。 「……ちょっとタバコ買ってくるわ」 今葵を抱き締めたらきっと二度とその手を離せなくなる。だからあくまでいつも通りの声音で立ち上がり、リビングを後にした。けれど、伊達に葵も京介と長い時を過ごしてきたわけじゃない。異変に気付いたのだろう。すぐに軽い足音が着いてくる。 「何やってんの」 「京ちゃん、一緒に行く」 「お前居ると年齢確認されそうだからやだ」 振り返らないようにしていたが、自分のスニーカーを取り出そうとされれば止めざるを得ない。意地悪な言い方でしか葵をなだめられない自分の不器用さに嫌気がさすが、仕方がなかった。 「……すぐ帰ってくる?」 「都古か兄貴と寝てな」 葵の問いには就寝のパートナーを提示することで遠回しに答える。案の定名残惜しそうにシャツの裾を引かれるが、血が上りきって目眩さえする状態は外の風に当たったところでそう簡単に冷めてはくれないだろう。 「寝る前にアイス食うなよ」 「じゃあ京ちゃんが見張ってて」 最後に、と子供相手の注意をすれば、拗ねたような口調が返ってきた。生真面目でいい子な葵が自分相手には少しだけ我儘だ。気の抜けた笑顔ばかり見せているから普段は気が付かないが、こんな表情をするとアーモンド型の瞳は目頭から柔らかな曲線を描き、目尻でツンと上向いていることが分かる。 「なに、俺が居ないとダメなの?」 茶化すように言えば、葵からは大真面目な頷きが返ってきた。 「それ、忘れんなよ」 自分の元から離れる道など絶対に選ばせない。刻み込むように葵の頬を抓れば、叱られる意味がわからないのかますます葵はいじけてしまった。 むくれた葵を引き受けたのはちょうど風呂から上がってきた都古で、京介が頼むまでもなく髪を乾かして欲しいなんて甘え始めるからあっという間に葵の姿がリビングへと消えてしまう。 それを見届けて京介はいよいよ家を出る準備を整えた。 日中の暖かさとは裏腹に、日が沈んだ後の空気はひんやりと澄んでいる。見上げれば、紺碧の空に青白い星が凛と瞬いていた。星空が好きな葵のおかげで、それがスピカという名前だという余計な知識を身に着けてしまっている。 その星を見つめていると、まだ葵とそれほど身長差が無かった頃葵からお願いをされたことを思い出した。 “お星様になりたい” その時はなれるわけないなんて笑ってしまったけれど、成長するにつれ、どうして葵がそれを望んだのか分かってしまった。 そこに葵が恋してく堪らない人物が居ると信じていたから、だから葵は星の世界に旅立ちたがっていたのだ。 「なんで憎まねぇのかな」 葵を傷つけることしかしてこなかった母親を恋しがる心理が京介にはどうしても理解出来ない。 京介が夜空へ向けて漏らした呟きは、冷えた風にかき消されていった。

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