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act.3君と星の世界へ<100>
* * * * * *
本来なら落ち着くはずの自室は今、侵入者のおかげでちっとも安らげる気がしない。会話すらない空間に耐えきれず、奈央は仕方なく我が物顔でカウチソファに身を委ねる少女に声を掛けた。
「帰らなくていいの?」
「……帰ってほしいの?」
質問に質問で返されてしまう。手入れの行き届いた長い黒髪をくるくると指に巻き付けてさも退屈だと言わんばかりの態度をとっているのだが、彼女はさっきからちっとも帰る気配を見せない。
奈央の帰りを大人しく待っていた彼女は、夕食を終え、奈央と二人で話したいことがあるからと言ってこの部屋に半ば押しかけるようにやってきたというのに、ずっとこの調子なのだ。
「もう遅い。迎えを呼ぶよ」
奈央がそう言って席を立とうとするとようやく、加南子は口を開いた。薄くマスカラの塗られた睫毛に縁取られた漆黒の瞳は、奈央を刺すように煌めいている。
「ねぇ、私に何か言うことない?」
「加南子が僕に話があったんじゃない?無いならもう……」
「今日、どこに行ってたの」
奈央が再度帰宅を促そうとすると、ようやく加南子は曖昧な表現を止めた。ジッと見据えてくる瞳は、奈央が”生徒会”だと偽って彼女との逢瀬を短縮させたことを見抜いているようだった。
答え方を思案する内に加南子からは更に核心を突く言葉が重ねられる。
「私の友人がね、今日北条家の方とお会いしたらしいの。相変わらず素敵だったと、そう自慢されたのだけど……奈央の学園の生徒会長も北条さん、よね?どうして同じ時刻、違う場所に北条さんが存在するのかしら」
ゆったりとした口調とは裏腹に、そこには目一杯の嫌味が込められている。友人の予定までは把握していないし、していたとしてそこに加南子の関係者がいるかどうかまでは予測しようがない。ただ、運が悪かった。それだけだ。
「奈央以外に私のフィアンセになりたい人なんていくらでもいるの。分かってる?」
奈央も加南子の家がどれほど大きな企業かは嫌というほど思い知っている。けれど、まるで奈央が望んで加南子の婚約者になったなんて口ぶりは今すぐに否定したい。
この世界が自分の思い通りに動くと思い込んでいる幼い少女を愛しいと思ったことなどただの一度もなかった。そして、自分の出世のために彼女を利用しようとも考えたこともない。
奈央が望むのは誰にも干渉されない穏やかな暮らし。それ以外には何もない。
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