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act.3君と星の世界へ<101>

「あんなにおじ様もおば様も、私に必死に擦り寄ってきているのに。奈央はそれを台無しにするの?親不孝ね」 「親を馬鹿にするようなことは言わないで」 「馬鹿になんてしてないわ。少なくともあの二人はあなたよりずっと賢いもの」 力のある者に従う姿を”賢い”と彼女はそう表現した。歪んだ価値観はやはり自分は彼女とは相容れない、そう思わせる。 髪をいじるのにも飽きたのか、加南子はカウチから身を起こし、無垢材のテーブルに置かれた奈央の携帯へと手を伸ばした。当たり前のように人の物に触れる感覚も奈央には理解しがたい。 「朝は付いてなかった。奈央、あなただって私を馬鹿にしてる」 加南子が指し示したのは奈央の携帯の裏面に貼られた小さな星のステッカー。それはあのプラネタリウムでお喋りに興じていた時、葵から記念にと贈られたものだ。唯一のお土産品らしいそれをいつもどこか見える所に貼っておきたくて、奈央はすぐにそれを携帯に貼ったのだ。 「誰と居たの?」 「生徒会の人」 嘘ではない。学園の生徒会室で会議を行ったわけではないが、同じ生徒会に所属する人物と過ごしたのは確か。幅広い意味では生徒会の活動と呼んでもいいのかも、なんてくだらない言い訳を奈央は頭に思い浮かべてしまう。 「私も行きたい。同じ場所へ」 こんなにあからさまなヤキモチを口にされれば、やはり加南子も年相応の少女だと思えてくる。けれど、生憎奈央は彼女と共に星を見る気にはなれない。星の世界へと自分を導いてくれた葵以外とはあの景色を眺めたくなどなかった。 「君とは行かないよ」 思わず口をついて出た本音は少女のプライドをへし折るには十分だった。人工的に色づいた唇を噛んだ加南子は、衝動的にステッカーに爪を引っ掛けてみせた。 「それ以上やったら怒るよ、加南子」 諭せば、程よく伸びた爪はステッカーの端から離れてはくれるが、まだ加南子の瞳には苛立ちで揺らいでいた。 「どうして奈央は私を好きになってくれないの」 まるで子供のような口調で自分を見つめてくる加南子を純粋に可哀想だとは思う。出会う人全てが自分に平伏すことしか知らなかった彼女は、自分にちっとも興味を示さない奈央相手にムキになっているのだろう。 けれど、彼女は欲しいおもちゃが手に入らずに駄々をこねている子供と一緒。奈央が擦り寄ればきっと彼女がすぐに飽きるのは目に見えていた。 でも奈央は婚約解消という目的のために、彼女に一度でも夢中になるフリなどどうしても出来そうにない。だからこうして互いに苦しいだけの関係が続いていく。

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