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act.3君と星の世界へ<105>
「冬耶さん、本当は無理やりにでも卒業させる気だったんだよね。この学園に残しておきたくないからって」
「あぁ、だから九夜はあえて留年を選んだんだろう」
冬耶と若葉の確執は他学年だった奈央の目から見ても深いものだった。冬耶が若葉を学園に残して卒業しなければならないことを酷く悔やんでいたのだから、若葉の思惑は成功したに違いない。そして唯一若葉を制御出来ると言っても過言ではない冬耶が居なくなれば、もう学園内は彼にとって無法地帯になるに等しい。
それに、学園には冬耶の唯一の弱点と言える葵が居る。その存在に若葉が気付いてしまえば、ターゲットにするのは想像に難くない。だからこそ、冬耶は必死に彼を学園から追い出す手段を模索していたはずだ。
「……止められる、かな?」
最強と謳われた冬耶ですら手を焼いていた人物だ。不安を隠さずに尋ねれば、忍もまた少し苦い表情を浮かべる。
「身体的なことで言えば、あれを止められるのは上野ぐらいだろう」
暴力性を隠しもしない、破格の体格を持つ男と真っ向からぶつかって勝つ自信はさすがの忍もないらしい。忍の言うとおり、若葉と対抗出来るのは生徒会からの辞退を宣言したばかりの幸樹に違いない。言葉通り、幸樹と若葉は家同士もいがみ合う仲でもある。
「そういう意味でも、やはり一刻も早く上野を連れ戻すべきだな」
奈央は忍の言葉に頷きを返した。若葉の事を差し置いても、友人の一人として幸樹には早く戻ってきて欲しい。それに葵ともそう約束を交わした。けれど、夕刻幸樹と会うことが出来たらしい京介から届いたメールには、もう少しだけ時間をやってほしいとしか書かれていなかった。
その文章を忍へと見せてやれば、忍はより苦々しく吐き捨てた。
「悠長にしている時間などないというのに。あの馬鹿は」
「連休明けても帰ってこないようだったら、僕も幸ちゃんに会いにいくよ」
そう告げれば、忍は”任せた”とでも言うように奈央の肩をたたき、そして踵を返して自室へと戻っていってしまった。
まだ数日休みが残っているというのに、今からそれが明けた時のことが不安で仕方ない。家の問題だけでなく、学園内でも大きな火種がくすぶり始めている予感に、奈央は深くため息を零し、そして廊下に並ぶスクエア模様のステンドグラスが刻まれた窓を見上げる。
その向こうには、プラネタリウムよりずっと少ない星の瞬く夜空が広がっていた。あの星の世界に舞い戻りたい。そんな奈央の願いは、ただ胸の中でじわりと滲んでいった。
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