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act.3君と星の世界へ<107>
「みゃーちゃんが居てくれるから、寂しくないよ」
「ほんと?」
「うん。こうしてたら寂しくない」
そう告げれば都古の表情が柔らかなものに変化する。普段周りに人が居る時はあまり表情を崩さないが、二人きりの時は素直に微笑んでくれることも多い。葵は都古の控えめな笑顔が何より好きだった。
でもこの猫は油断をするとすぐに過剰に甘えだす。今も、葵の顔を覗き込んできた。中断させられていたおねだりを思い出したらしい。
「アオ、命令は?」
「命令って……そんなの、言えないよ」
真っ黒の瞳が求めるのが何かは葵も覚えている。京介が来てくれて難を逃れたが、今度はそうもいかないだろう。
普段はダメといってもしつこいぐらいキスしてくるというのに、今日は葵から求めない限りするつもりはないらしい。それが優しさなのか、彼なりの甘え方なのか分からないが、葵にとっては強引に奪われるよりも恥ずかしさが増す。
「アオ、したい。よし、って言って」
待ち構えるように都古から距離が近づけられる。切なそうに求められれば、このまま拒むことも出来やしない。意を決して乾いた唇を開きかければ、途端に薄く冷えた都古のそれが重ねられた。
「……ッ、待って、まだ言ってない」
「聞こえた」
フライングを悪びれる様子もなく嬉しそうにする都古は本当にどうしようもない。けれど、それを可愛いと思えてしまうからダメなのだろう。そんな葵の甘さを見透かしてか、それとも触れるだけのキスでは満たされないのか、都古はもう一度、と唇を近づけてくる。
「ご褒美、ほしい」
補習を頑張ったのは分かっている。どこかの誰かと喧嘩をしてきたのも知っている。甘やかしてやりたいのは山々だが、髪を撫でるとか、抱きしめるとか、そういうものではダメなのだろうか。
「違うご褒美は?」
「違うの?舐める、とか?」
何を、とは聞いてはいけない。きっと全部、と返ってくるはずだ。そして言葉通り全身くまなく舐められ、吸われてしまうのはもう何度か経験済み。分かりきっている罠を避けられるようには葵も成長してきた。
「ギュってしよ」
「……いつも、してる」
代替案を出せば、あからさまに都古はむくれた顔をしてしまう。でも葵の願いなら、とまた強く葵を抱き締めてくれた。結いていない黒髪が葵の首筋を束になって滑っていく。
「いいな、みゃーちゃんの髪。真っ黒で綺麗」
コンプレックスである自身の髪とは違い、都古の髪は艶のある漆黒。何度こんな髪で生まれていたら、と思ったか分からない。母親に愛してもらえなかったのはこの髪のせいに違いない、そんなことを思えば自身の髪へ憎しみすら感じる。
「俺は、アオの…好き」
都古は言葉だけでなく、葵の髪に口付けて好意を示してくれた。
葵は物心ついた時から、この髪色は病気で、人に伝染るものだと母から言い聞かされていた。だから出来るだけ触れられないよう心掛けていたのだけれど、西名家に引き取られてからその意識は随分と改善させられた。こうして都古に触れられて、むしろ嬉しいとさえ感じる。
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