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act.3君と星の世界へ<109>

* * * * * * 白の調度品で統一された室内は月明かりだけに照らされてまだらに揺らいでいる。その中心の椅子に腰掛けているのは、部屋の主である馨。テーブルの上に広げられた無数の写真ひとつひとつを丁寧に取り上げては眺め、そして次へと手を伸ばす、優雅な動きが繰り返されている。 「……馨さん、飽きないの?」 向かいに座っている人物に声を掛けられても馨は顔を上げない。けれど、写真をめくる手を止めた。 「飽きる?馬鹿なことを言うね、椿。子供に飽きる父親なんてどこにいるの?」 「父親、ね」 椿、と呼ばれた男はその回答に一瞬不快そうに眉をひそめた。けれどそれはすぐに取り払われ、馨に匹敵する美しい笑みを浮かべてみせる。漆黒の髪を持つ馨とは違い、椿は柔らかな茶褐色の髪を持っている。それを揺らしながら、椿もテーブルの上の写真を一つ手に取った。 そこには羽毛に埋もれて眠る幼子の姿が映し出されている。溶けてしまいそうなほど真白い肌に身に纏うのは、その肌の色を引き立てる濃紺のチュールワンピース。スカート部分には星をまぶしたように綺羅びやかなスパンコールがあしらわれていた。 「葵は”人形”なんじゃないの?葵が人形だったら馨さんは何?父親ではないでしょ」 男女の体格差が表れる前の年齢の葵は、確かに”人形”のように愛らしい。馨がそうして華やかな衣装を着せ、幻想的な世界に佇む葵をカメラに収めたいという気持ちも理解出来ないわけではない。だが、あまりにも馨の欲は度が過ぎている。 「そうなの?私は自分の子を最大限可愛い姿で記録したいだけだよ。それを親心と言わずに何と呼ぶの?」 椿の問いかけが不服とばかりに馨はようやく顔を上げ、翡翠の瞳を薄めて見せる。どこか甘ったるさを感じる声音は彼の若々しい容姿を引き立てていた。 「美しいだけの子ならいくらでも居たけど、どこかしっくり来なくて。でね、気が付いた。葵が私の子だからきっと特別に可愛く思えるんだろうね」 「馨さんの親心は歪んでるよ。世間一般のそれとは違う」 「そう?でも別に他がどうであろうと構わないよ」 椿に非難されたことが気に障ったのか、馨の眉がひそめられる。不思議とそういう表情をしていたほうが、造形の美しさが引き立つように思えた。 「でも椿にはそんな気持ちにならない。なんでだろう?ちっとも可愛くない」 「奇遇だね、馨さん。俺も全く親しみを感じないよ」 「じゃあ葵には何を感じるの?」 静かな空間を張り詰めさせるほど棘のある応酬は、馨の言葉で少し間があく。尋ねられた椿は思案するように小首を傾げ、もう一度視線を手元の写真へと落とした。

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