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act.4哀婉ドール<3>

花屋から更に十分ほど駅から離れれば、ようやく目的地に到着した。そこは豊かな森林に囲まれた霊園。連休中だからか、他にも数組の姿が見える。 葵の先導を受けて向かうのは静かな霊園の中でも特に鬱蒼と草木が生い茂った場所。奥まったそこはまるで人の立ち入りを拒むようにも見えるが、伸び放題の枝を払えば、開けた空間が現れる。 緑に囲まれた中心にあるのは洋型のシンプルなデザインの墓石。そこには二つの名が記されていた。葵がその前にしゃがみ込むと、必然的に手を繋いだ都古も隣に座ることになる。手を離してやろうかとも思ったが、葵が望まない限りするべきではないだろう。 「……ママ」 墓石の前に花を供えた葵から小さく声が漏れたのが聞こえ、都古も葵と同じように墓石に目を向けた。そこには名字はなく、ただ”Elena”という女性名が品の良い字体で彫られている。 もうとうの昔に亡くなったという彼女を、都古は当然見たことがない。ただ、寮で眠る夜、時折葵が寝言で彼女を呼ぶ度に京介が苦々しげな顔をして彼女を罵倒するのだから、都古も良い印象は持てそうもなかった。 それからもう一つ刻まれた名を葵は口には出さず、指でなぞって呼びかける動作をし始めた。 “Shinobu”と小さく書かれた文字は、葵の弟、という知識しか都古は持たされていない。当時隣家に住んでいた冬耶や京介も、いつのまにか藤沢家に現れ、そして消えた存在をほとんど見かけたことは無いという。分かっているのは葵が弟を何より可愛く思っていたことと、その死に責任を感じているということ。母親からその名を口にすることさえ許されなかったらしい葵は未だに声に出して呼ぶことを恐れている。 一人で二人分の十字架を背負うには、葵は小さくて脆すぎる。今までの比ではないほどの手の震えを感じながら、都古はこの苦しみを代わってやれるなら何でもするのに、と目を伏せた。 都古が願うのは墓石の中の見知らぬ二人の安らかな眠りではない。早く葵を解放してやってほしい、それだけだ。 どれだけの静寂の時間が流れただろう。葵の手の震えがようやく落ち着き出した頃、今度は苦しげな声が漏れ聞こえてきた。 「……忘れてなんか、ない」 誰に向けての言葉なのか分からない。だがそこには痛々しささえ感じるほど強い主張が込められている。普段はふわりと柔らかな笑みを携える葵が、今は凛とした表情で背筋を伸ばしていた。 それを見て都古は先程の自身の思いを撤回する。葵は小さいし脆い。それは確かだけれど、決して弱くはない。むしろ計り知れないほど真っ直ぐな強さを持っている。だから惹かれたのだ。 静かに涙を伝わせる頬にそっと口付ければ、葵はようやく都古に視線を返してくれた。

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