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act.4哀婉ドール<4>

「ありがとう、みゃーちゃん。一緒に来てくれて」 蜂蜜色の瞳を揺らして微笑む葵に、都古のほうが礼を言いたい気分だ。これほど葵の心の深層部が剥き出しになる空間に招かれるなんて、不謹慎だとは思いつつも幸せを感じるのは止められない。 この場所を葵が知ったのは偶然だったらしい。西名家も葵がこの存在を知り、訪ねていることは把握していないようだった。否、知っていたら止めるに違いない。 ────特に、京介は。 葵が”ママ”と口にするだけで苛立つ彼のことだ。何が何でも引き止めるだろう。それをきっと葵も心得ているからずっと一人で訪れる選択を取り続けてきたはずだ。 でも葵は誰にも言わないという約束で、都古の同行を許してくれた。今日で三度目。初めての頃よりも更に絆は深まった、そう思うが、一つだけ胸に引っかかっていることがある。 ずっと黙っていたが、歓迎会のあの日の出来事を、都古はどうしても葵本人に確かめておきたかった。 「……アオ」 呼びかければ、気分を入れ替えた様子の葵はいつもの温かな笑顔を向けてくれる。せっかく笑ってくれたのだから、それを壊すようなことは言うべきではない。そう止めてくる自分も居るが、やはり言わずにはいられなかった。 「どこへ、でも…連れてって。空、星……湖、でも」 不安を何と表現すればいいか分からず、結局曖昧なことしか言えないが、葵本人にはきちんと伝わったようだ。自分がどんな行動を取ったのかはっきりとは覚えていないようだが、それでも察してはいるらしい。証拠に笑顔がくしゃりと歪んでしまう。 葵がもし生きるのに疲れたならば、その時は共に同じ道を選んであげる覚悟は出来ている。決して一人にはしない。それを宣言しておきたかった。都古を置いていくような真似は二度としないで欲しい。 「捨て猫は、ヤだよ」 もちろん、葵が幸せに生きてくれることが何よりだし、その生き甲斐に自分がなれたならこれ以上無い喜びだ。でも葵にはまだ少し早いだろう。だからせめて、飼い主としての責任ぐらいは自覚してほしい。 「……ん、分かった」 涙を堪えた葵が都古に抱きつきながらそう頷いてくれるから、今はこれで満足だ。小さな体を抱えて誓うようにキスを交わせば、あの日からどこか落ち着かなかった心がようやく静まってくれる感覚がする。 ────アオは、渡さない。 墓石の中で未だ葵を捕らえて離さない存在に都古はそう心の中で宣言をした。例えそちらの世界に葵を引き込めたとしても、傍にはずっと自分が居てやるのだから。

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