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act.4哀婉ドール<7>
「……はぁ」
少し走っただけで気管に茨が巻き付いたような感覚に襲われる。だからまともに体育の授業になど参加出来ないのだが、心臓がバクバクと嫌な音を立てて鼓動するのはきっと久しぶりに全速力で走ったから、だけではないはず。
相手は教師だ。何かきちんと理由があってボタンを外してきたのかもしれない。少し落ち着けばそうも思えてくるが、それでもなぜかあの時、あのまま触れられるのが怖いと感じてしまった。
────どうして?
葵の周りに居る人は皆、葵を子供のように扱ってくる。着替えを手伝ってこようとすることもザラにある。でもそれを嫌だとも怖いとも思ったことはない。一ノ瀬と何が違うのか。仲が良いかどうか、の違いだろうか。
ぼんやりと考えていると、あっという間に寮の入り口に到着した。寮の入り口は大きなガラス張りの扉になっている。外側からでもエントランスホールに何人かの生徒がたむろしているのが見えた。同級生だということは分かるが、それほど面識があるわけではない。
葵が寮に入るなり彼等がジッとこちらを見つめてくるから、当たり障りのない会釈だけを返して傍を通り過ぎようとしたのだが、予想外に向こうから声を掛けられてしまった。
「姫じゃん」
「ホントだ、一人なの?」
昨年生徒会に所属し始めてから、“姫”と一部の生徒が葵を呼び始めたのは知っている。生徒会のメンバーが何故かそうして呼び名を付けられることが慣習になっているのも分かっていた。でも普通の男子だと思っている葵からすれば、そう呼ばれるのはどうも居心地が悪い。
けれど、面識のない同級生に親しげに話しかけてもらえるのは嫌な気はしない。友達が全く居なかった過去の自分を思い出せば、嬉しいことだとも思う。
だから葵は、エレベーターホールへ突き進もうとした足を止め、彼等のほうに向き直った。けれど何と返事をしていいか分からない。
「えっと、一人、です」
細かな経緯まで説明すると長くなるため、ただ問いかけに馬鹿正直に答えることしか思い浮かばなかった。だが、彼等にとっては見てすぐに分かる事実なんてどうでも良かったらしい。
リーダーらしき生徒が立ち上がって葵の前まで来ると、口元にピアスを付けた彼はなぜか葵の顔ではなく、胸元にまで視線を下ろしてジロジロと眺める素振りを見せ始める。
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