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act.4哀婉ドール<10>

「葵ちゃんと仲良くしてるだけだろ。一年坊主には関係ねぇよ」 「仲良く?それのどこが?」 「っていうか、葵先輩に触り続けないでもらえます?」 爽が指摘してようやく葵を羽交い締めにしている腕の力が抜けた。葵がすぐさまその腕を抜け出すと、聖と爽のほうから葵を抱き締めに来てくれる。二人の身に纏うフレグランスの香りがこんなにも安心するものだとは思わなかった。後輩の前で情けないが、堪えていた涙が溢れてくる。 「あーあ、興ざめだわ」 「だから言っただろ、やめとけって」 「お前だって乗り気だったじゃん」 どうやら聖と爽に邪魔をされてまで続ける気はないらしい。思いの外あっさりとエレベーターから男たちが降りていく。それを見てホッとしたのは葵だけではなかったらしい。 自動的に扉が閉まるなり、三人塊になってエレベーターの床にずるずると座り込んでしまう。 「良かった、さすがにあの人数相手は無理だった」 「ごめんね、先輩。かっこ悪くて」 聖の正直な告白も、爽の気まずそうな謝罪も、葵は責めようなんてちっとも思わない。二人が居なければ恐ろしい目に遭っていたのは間違いない。感謝してもしきれなかった。でもうまく言葉が出ずにただふるふると首を横に振って二人にしがみつくことしか出来ない。 あの男たちが押していた階に一度は到着するが、それを無視していると再び一階へとエレベーターが下がっていく感覚がする。 「先輩、もう怖くないですからね」 「とりあえず、一旦俺らの部屋行きましょっか」 葵をより強く抱きかかえる体勢を取った聖を見て、爽はエレベーターの扉を開けると転がったままのキャリーバッグを二つ、箱の中へと運び込んできた。そして宣言通り、二人の部屋がある階のボタンが押される。 出掛ける予定だった二人を引き止めてしまうのは申し訳ないが、落ち着くまでの少しの間だけ、甘えさせてほしい。聖の胸に顔を埋めれば、よしよしと爽が手を伸ばして頭を撫でてくれる。 二人は葵にとって初めて出来た後輩だ。葵にとっての先輩と同様に、二人には尊敬できるようなかっこいい姿ばかり見せたいと思っていたのに。これではもう台無しだろう。 情けなくてまた涙が溢れてくるが、二人はそんな葵を笑うことなくただ優しく慰めてくれた。
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