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act.4哀婉ドール<14>
「あぁ、留めてあげますね」
まだ指先に震えが残っている葵はうまくボタンが留められないらしい。代わりに手を伸ばしてやると、少しだけ戸惑った様子を見せたものの聖の手に委ねてくれた。
「二人がお兄さんみたい……恥ずかしいな」
もう葵の肌が無闇に見えないよう、一番上までボタンをしっかり留めてやる。すると、葵からは切なげな呟きが漏れてきた。どうやら年下の聖と爽に世話を焼かれるのが葵なりに心苦しいらしい。確かに二人に対してはいつも先輩ぶりたい様子を見せてきているのは知っている。
「こんな時は年齢なんて関係ないし、俺らはちゃんと頼ってほしいっすけど」
「爽の言う通り、いっつも俺たちが甘えさせてもらってるんだから。お返しさせてください」
聖と爽は葵の願望とは逆で、いかに年下と思われないか、を模索している。葵の周りにいる人物達のように、もっと葵に甘えられたいし、頼られたい。先輩ぶる葵も可愛いが、男としては逆の立ち位置を狙いたくなるのは否めない。
「……じゃあ」
そう言って葵が両手を差し出してくる。言葉にしなくても分かる。”抱きしめて”の合図だ。聖が迷わず正面から葵を抱えてやれば、葵の背後から回る爽の腕にも力が込められたのが分かった。
「あのね、先生にボタン外された時、触られたくないって思ったの。でも……」
「「でも?」」
秘密を打ち明けるように囁かれた言葉の先を促せば、葵は聖と爽の顔を見比べて、そして少し頬を染めて続けた。
「なんでかな。聖くんと爽くんは全然怖くないし、嫌じゃない。ホッとする」
与えられたのはまるでご褒美のような言葉。直接的に”好き”と言われたわけではないし、聖と爽だけが特別視されているわけではないことも分かっている。けれど、葵からこうして好意の兆しを見せられたのは何よりも嬉しい。
「あーもうそれじゃ食べられても文句言えませんよ」
「今この状況でそれは反則だよ先輩、可愛すぎ」
思わず両側から頬にキスを落とせば、更に葵が朱に染まっていく。嫌がりはせずに少し恥ずかしそうに身を捩るだけ。
そのまま誘われるように唇を奪おうとすれば、ぐいっと力強く額が押される。犯人は決まっている。
「なに、爽」
「何じゃないよ、次は俺に譲る約束だろ」
「あぁ忘れてた」
どうしてそんな約束をしてしまったのだろう。聖は思わず舌打ちをして悔やむが、葵の前で爽と喧嘩をするような失敗はもう二度としないと決めている。仕方なく葵の体を抱え、爽に差し出すようにくるりと反転させてやった。
「え、あの、なに?」
「ん?ちょっとだけ、ね?」
何がちょっとだけ、だ。それで済むわけがない。心の中でついた爽への悪態は、やはり相棒には通じているようだ。一度視線を合わせて舌を出して挑発してきた彼は、そのまま葵の桃色の唇をぺろりと舐め上げ始めた。
────あぁ、これ、拷問だわ。
爽が怒った気持ちがようやく分かった。自分と同じ顔が葵とキスをしている。それがこんなにももどかしいものなんて。
聖はその光景に溜息を付きながら、早く自分の番が来るよう祈りを捧げた。
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