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act.4哀婉ドール<16>
「爽、がっつきすぎ」
ペシンと頭を叩かれてようやく一度唇を離せば、目の前の可愛い先輩は酸欠気味に荒い呼吸を繰り返していた。目元もとろんと蕩けていて涙が滲んでいる。やりすぎた、と反省すると同時に、この表情をさせたのが間違いなく自分だと言う事実が余計に爽を熱くさせてくる。
けれど、思わずまた艶々に濡れそぼっている唇に吸い付こうとすれば、今度はもう少し強くぶたれてしまった。
「……いてぇ」
「休憩させてあげなきゃ。ね、先輩?」
休憩なんてただの名目で、今度は聖が奪おうとしているのは明らかだ。唇の端から漏れる唾液の跡を拭ってやりながら、さも優しげな表情を浮かべているものの、あの顔は完全に欲情している。同じ思考回路を持っているのだから手に取るように簡単に読めた。
でも葵は甘言にあっさり騙されて、聖に体を預けて休み始めてしまう。まるでこのまま眠ってしまいそうな勢いでゆるゆると瞬きを繰り返す仕草は、先程まであれだけ艶っぽかったというのにすっかりお子様に戻ってしまっている。
「あぁでもなんか俺、葵先輩こうしてギュって抱き締めてなでなでしてるだけで幸せかも」
葵の無防備さにやられたのか、キスしてやろうと企んでいた聖が何故かそんなことを言い始めた。見せつけるように葵に後ろから覆い被さって、髪を梳く表情は確かに言葉通り幸福に満たされている。
「……次も俺がキスしていいの、聖?」
「そういう話じゃなくて。ほら、こんなことされたらたまらないでしょ」
キスを辞退したのかと爽が問えば、聖は葵の手がいつのまにか聖の空いた手に絡んでいるところを見せびらかせてきた。確かにこうも安心しきった態度を取られると、欲望に任せて悪戯するよりも、ただひたすらに愛でてやりたい気分にさせられる。
「俺もそれしたいし、されたい」
聖が本当に幸せそうに笑っているから、葵を抱き締めて、葵から手を繋がれるなんてキス以上の行為に思えてきてしまう。爽が自分もその輪に加わろうと身を屈めた時だった。
履いているデニムのポケットにねじ込んだ携帯が振動を伝えてくるのに気が付いて、爽は動きを止めた。数度鳴っても止まらないのだからメールではなく電話の着信を伝えるものだろう。仕方なく携帯を取り出してディスプレイを確認すると、そこには母の名が表示されている。
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