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act.4哀婉ドール<17>
「どうする?母さんからだけど」
「……あぁ、やっぱり?俺完全に無視してたわ」
どうやら爽よりも先に聖の元に電話を掛けてきたらしい。そしてそれを知らんぷりをしていたと兄は悪びれもせずに告白してきた。
急遽仕事が入ったと言われて母に呼び出され、わざわざ迎えの車まで寄越されていたのだ。なかなか現れない双子に痺れを切らした運転手が母に連絡を入れたに違いない。
「多分めちゃくちゃ怒ってるよ」
「分かってるけど、葵先輩一人にしてけないでしょ」
聖の主張には同感だが、母の機嫌を損ねればまた彼女の目の届く場所にある公立の学校に連れ戻されるのは分かりきっていた。そんなことは御免だ。かといってやはり襲われたばかりの葵を残して寮を出るのも不安でならない。
「あ、ごめん……出掛けるとこだったんだよね」
判断に困って戸惑う爽を見て、覚醒し始めた葵が声を発した。視線がちらりと近くに放り出されたキャリーバッグへと向けられる。
「旅行に行くの?」
「ん?違いますよ。撮影用にね、その時のイメージに合いそうな私物持ってってるんです。帽子とか、靴とか、アクセサリーとか」
確かに聖と爽がそれぞれ用意した色違いのキャリーバッグは、一週間ほどの旅行に行けそうな大きさだ。葵が勘違いするのも無理はない。だが、聖の説明の通り、中身は撮影のための道具だし、今日中に寮には戻ってくる予定だ。
「そっか、お仕事か。遅刻しちゃう?大丈夫?」
「いいんすよ、そんな顔しないで。泣いたまんまの葵先輩置いてったら仕事なんて集中できないし」
仕事と聞いて尚更慌てた様子を見せる葵を安心させるために爽は返事をする。だが、葵はそれを受けて慌てて目元に残る涙をシャツの袖でぐしぐしと拭い始めた。
「もう泣いてない、大丈夫だよ」
「「ああ……本当に」」
にこりと笑って見せる葵に、兄と声が重なった。続く言葉は何度も何度も葵に対して思っている”可愛い”に違いない。強がりで健気な先輩をもっときちんと癒やしてやりたい。そう思わせるから葵の作戦は逆効果だ。
けれど、再度爽の手の中の携帯が着信を伝えるために激しく振動するからそちらも無視は出来ない。
「どうする聖。今仕事飛ばしたらまずいよね」
「まぁ、ね。じゃあ葵先輩には俺らの部屋にこのまま居てもらう?」
「いや、ダメでしょ」
聖の提案は一見良いものにも思えるが、二人の撮影が終わるのは恐らく夜遅く。それまでの間、葵をこの部屋に閉じ込めておくのはあまりに可哀想だ。とはいえ葵が待っているという都古に補習が終わり次第この部屋まで迎えに来させると、彼が妬いて暴れる気がする。今日は葵の目の前で余計な争いを増やしたくはない。
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