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act.4哀婉ドール<18>
「葵先輩の部屋に送ってあげるのが無難かな?」
「だね。なんか悔しいけど」
せっかく珍しく三人だけで過ごせる時間を作れたと言うのに、中途半端にお預けされてしまえば落ち込む気持ちは否めない。けれど葵は爽の言葉で自室に戻る気になったのか、聖から身を起こし始めてしまっていた。
「葵先輩、続きはまた今度してくれる?」
「……続きって?」
「俺は先輩とチューしてないよ?ちゃんと爽と平等にしてくれなくちゃ」
爽の兄は葵を立ち上がらせるフォローをしながら、ちゃっかり次の約束を仕掛けていた。葵の羞恥を煽るようにあえて幼い表現を使う所も計算高い。まんまと聖の策にハマって頬を染める先輩にも、溜息が出てしまう。どうしてこうも簡単に言いくるめられてしまうのだろう。一人にするのがますます不安になる。
「こどもの日は?何か予定ありますか?」
「聖、こどもの日って」
「いいから。……ねぇ先輩、どうです?」
聖が示した日にちは、二人にとって大事な日。それをあえて指定した聖に思わず爽は口を挟みたくなるが、強い口調で跳ね除けられてしまった。
「こどもの日って5日ってこと?多分お家に居ると思うよ」
「じゃあ決まり。デートしましょう」
「デート?」
「聖、ちょっと強引すぎ」
葵の意思などお構いなしに決定を告げる聖に苦言を呈すが、内心良くやったと兄を褒めたくなる。それを見透かしたのか、聖はただにやりと笑い返してくるだけ。だが、爽はいくらか冷静な頭でデートへの障害を一つ、見つけてしまう。
「でも葵先輩との連絡手段がなくない?家電?」
葵が携帯を所持していないことは嫌というほど思い知らされている。まだ葵の家族とも挨拶が済んでいないのに、いきなり家の電話にデートの連絡を入れるのは少々ハードルが高い。きっと聖ならば余裕綽々でこなすのだろうが、爽には少し荷が重い。
「……あ、そうだ。連絡取りたい人がいたら、京ちゃんかお兄ちゃんの番号教えなさいって言われてるんだ」
「さすが幼馴染。家帰っても毎日会ってるんですか?羨ましい」
「いいなぁ、俺も葵先輩の隣の家に住みたい」
葵からの提案は何とも妬けるものだ。隣家に住んでいると聞かされているが、やはり学園内と同様、家に帰っても四六時中一緒に居るのだろう。羨ましすぎる関係である。
しかし葵と親しくなるにはあの兄弟の審査を通らなければならない。葵が暗記しているらしい二人の番号を教えてくれるのを素直に携帯に登録しながら、爽は先の見えない恋愛模様にまた一つ、溜息を零した。
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