382 / 1636
act.4哀婉ドール<20>
「小暮ちゃん、卒業ぶりだね。またスケッチしてたの?」
名を呼んでやれば小暮は嬉しそうに目を細め、そして駆け寄ってきた。
「藤沢くん待ってるんですか?」
「いや?送ってきたっていうのかな?まぁ一緒に来たわけじゃないんだけどね」
ここへは葵にバレないよう、尾行してきたというのが正しい。昨日の本屋の一件で葵が馨側の人間に接触されている可能性を疑い、あえて葵を都古と共に泳がせ、後を付けてみたのだ。
結果は収穫ゼロ。実家の最寄り駅と、そして葵が足を踏み入れた霊園の木陰で似たような茶髪の青年を見かけた気がしたが、着ていた服の色が違った。勘違いの域を越えない結果だった。
冬耶が苦笑いをすれば、小暮はそれ以上事情を聞かずに話題を変えてきた。聡い彼はきっと、この後葵と出会ったとしても冬耶がここにいたことは告げないだろう。
「俺、藤沢くんと同じクラスになりました」
「らしいね。あーちゃんから聞いたよ。また生徒会の仕事手伝ってくれてるんだって?ありがとな」
「いえ、大したこと、してませんから」
美術部に所属している小暮は、生徒会の発行する印刷物に彩りを添えるためにイラストを快く提供してくれていると葵から聞いていた。それは冬耶が在学中も同じくだ。卒業後も変わらず葵と接し続けてくれている彼には心から感謝している。
それと同時に、明らかに自分に憧れ以上の感情を抱いている様子の彼の心を利用しているような、複雑な気持ちにもなってしまう。
彼は冬耶の一番になることは完全に諦めている。そして冬耶が愛する存在を憎むどころか、彼なりに大事にしようと奮闘してるようだった。せめて冬耶の思いを理解しようとでも考えているのだろう。
葵に敵意が全く無い以上、冬耶も彼を無下にはしない。ただ可愛い後輩として接してやるだけだ。
「歓迎会いらしてたって聞いて……でもお会い出来なくて残念でした」
「あぁ、すぐに帰っちゃったからな。卒業生がうろうろしてもいい気しないだろ」
「そんなことありません!皆西名先輩に会いたがってました」
強い声でムキになって否定してくる彼に、思わずフッと笑みが溢れてしまう。冬耶に会いたかった"皆”の中の筆頭は間違いなく小暮本人だろう。
だが、卒業した自分に未だ縛られている小暮を可哀想だとも思う。
しゃがみこんでいる冬耶からは、太陽を背にして立つ小暮の顔は逆光で見えにくい。けれど、少し神経質に見えるものの、小暮のことを可愛いと表現した生徒が居るのを知っている。早く冬耶以外に目を向けて新しい恋に踏み出してほしいと思うのは彼にとっては余計なお世話なのだろうか。
ともだちにシェアしよう!

