383 / 1636

act.4哀婉ドール<21>

「……あの、西名先輩はもう絵、描かないんですか?」 小暮をジッと見つめていると、ふと、彼はそんな問いかけをしてきた。 あまり表に出していない趣味だったが、小暮に出会ったのは美術室で、その時冬耶は美術部の備品を勝手に使って絵を描き散らしていた。勝手に使わないでくれと、上級生相手に叱ってきた彼は、冬耶の手元を見てすぐに口を噤んだ。そして態度を一変してもっと見せてほしいと、そうねだってきたのだ。思い返せばもしかしたらあの時、彼は自分に惹かれてしまったのかもしれない。 「西名先輩、美大のパンフレット見てたのに……」 「ただ参考までに見てただけだよ。行きたかったわけじゃない。絵はどこでも描けるしな」 自分が進学先を悩む姿をどこで目撃されたのか分からないが、冬耶はあくまでさらりと小暮の言葉を否定した。絵よりも大きな目標があったのだから、自分の選択には何も後悔していない。 けれど、小暮の問いは確かに冬耶の胸をざわつかせてきた。本当にこれが正しい道なのか。表向きは迷いなく進み続けている頼もしい兄を演じ続けているが、冬耶だって自信のないことぐらいいくらでもある。 「さて、思いの外長居しちゃったな。そろそろ帰るよ」 「あ、すみません、俺余計なこと……」 冬耶が立ち上がると、小暮は気分を悪くさせたと思ったのだろう。慌てて取り繕うように近寄ってくるが、冬耶はそれをやんわりと差し止めた。 「小暮ちゃん、元気でな」 自分のせいで一喜一憂する後輩の姿を見るのも辛くなってきた。だからそうして少し突き放すようにも思える言葉をかける。案の定小暮は傷ついたように目を見開いた。 でもこれでいい。どうせ彼に思いを寄せられ続けた所で、応えてやれることは一生ない。それは間違いなく言い切れる。自分が愛する存在はもうずっと昔に選んでいるのだ。何があろうとそれだけは絶対に揺るがない。 期待を持たせるようなことは一度だってした覚えはないが、それでもこうして会話に乗ってやるだけできっと彼は心を躍らせてしまうだろう。この一時、彼を傷つけてしまうことにはなるが、それでもこのほうが良いはずだ。 だから冬耶はそのまま小暮に背を向けて駅への道を歩きだした。やはり聡い彼は冬耶を呼ぶことも、引き止めることもしてこなかった。

ともだちにシェアしよう!