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act.4哀婉ドール<23>

「聖くんと爽くんが、みゃーちゃん来るまでチェーン掛けてたほうがいいって言うから」 「あ、そう」 一体どういう状況で言われたのか分からないが、後輩に警告されるほど危機感のない性質をまず反省しようとは思わないのだろうか。紅茶を運んできた葵を見ながら櫻はそんなことを考えてしまう。 「これ、葵ちゃんがいつも使ってるカップ?西名とか猫ちゃんは使ってない?」 「はい。……あ、嫌でしたか?すみません」 「ううん、葵ちゃんだけのなら良い」 櫻は少し潔癖な気がある。それを思い出したのだろう葵は櫻の問いですぐにカップを下げようとするが、葵だけのものなら問題ない。いつも生徒会室にあるカップを綺麗に磨いてくれる葵の性格も信頼している。 「でもね、良い茶葉あげるから今度はそれで淹れてね」 ただ一つ紅茶の味だけは及第点を上げられそうもない。櫻が好んで飲んでいる紅茶の品種とはきっとかなり価格差のあるものを使っているのだろう。 「生徒会室に置いてあるの持って行って良いって言ったのに」 「なんだかもったいなくて……」 庶民派な所も櫻にとっては可愛いと思わせる要素ではあるが、自分に付き合わせるにはその意識は少しずつでも改善させていかないといけないだろう。隣に座ってきた葵の頬を躾けるように抓れば、痛そうに眉をひそめてみせる。こういう表情にそそられてしまうのは自分の悪い癖だとは思うが止める気にはなれない。 「あのそれで……櫻先輩、どうして?」 「これ、拾ったから。葵ちゃん居るのかなぁって思って」 問われてようやく櫻は本題のノートを差し出した。すると葵の表情が一変する。ノートを受け取る指先が少し、震えているのにも気が付いた。 「何かあった?」 苛められて怯えている表情を見るのは好きだが、あくまで自分が悪戯をした時のみだ。櫻以外のせいでこんな顔をしているのは見たくもない。勝手な理屈だとは思うが、改める気はさらさら無かった。 「あの……櫻先輩、昨日みゃーちゃんが喧嘩したの、知ってますか?」 「僕が質問してるんだけど」 葵からは櫻の問いに対しての返答はなく、全く別の質問のみが返された。けれど表情は変わらず何かを恐れているもの。 確かに櫻は昨日都古が教室で同級生と揉めていたのは知っている。その場にも居た。むしろ都古をガラの悪い生徒たちにけしかけたのは櫻で間違いないだろう。あの後、少し身なりは乱れていたもの、涼し気な顔をして校門へと走っていく都古の姿が寮の窓から見えていたから特に心配はしていなかったのだが、何かあの出来事と葵がノートを落としたことに関連性があるのだろう。

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