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act.4哀婉ドール<25>

「どこに行くんですか?」 「ん?一旦僕の部屋ね。出掛ける準備してから行こう」 早速葵の手を引いて廊下へと連れ出した櫻の機嫌はすこぶる良い。いつも周りに余計な付属物ばかり付けている葵が、今はただ、櫻だけの物。もちろんあの日のように無理やり襲うような真似をするつもりはないが、そろそろやり直すチャンスがあってもいいだろう。 生徒会フロアに向かう専用エレベーターに乗るまで、葵は何かに怯えるように櫻の腕にぎゅっと引っ付いてくるのだから余計に気分が弾んでくる。 「本当に外に行くんですか?」 「そう、嫌?」 「……やっぱり、みゃーちゃんと一緒にお家帰るってお兄ちゃんと約束したから」 「じゃあ”お兄ちゃん”に許可取ればいいわけ?葵ちゃん自身の意思はないの?僕と出掛けたいなんて全く思わない?」 目的の階についてエレベーターの扉が開くと、櫻は降りてすぐの廊下の壁に葵を押し付け優柔不断な言動を咎めた。怒気を露わにした自分をびくびくと体を震わせながら見上げてくる葵が愛しいと思う。本気で怒っているわけではない。戯れの一種だ。 「櫻先輩と出掛けるのは嬉しい、です」 「そうでしょ?じゃあどうすればいいんだっけ?」 するりと頬を撫でてとびきり優しく問いかければ、小さく息をついた葵が望みどおりの答えを返してくれた。 「連れてって、ください」 「うん、いい子だね」 きちんと答えられた葵を褒めるように額にキスしてやれば、こんな状況にも関わらず嬉しそうに頬を緩める姿が愛らしい。櫻だけでなく、きっと周囲の誰からもこうして簡単に手懐けられているのだろう。 壁に押し付けていた手を離し、再び手を繋ぎながら目指す先はもちろん櫻の部屋。親しい間柄の忍や奈央でもグランドピアノが置かれたリビングスペースより奥は招き入れたことはない。 奥には寝室とウォークインクローゼットがあるだけだが、そこは真にプライベートな空間だから誰にも侵されたくないと思ってしまうのだ。けれど、葵なら不思議と嫌な気はしない。こんな感情は初めてだった。葵と居ると自分の新たな一面に気付かされて”怖い”とさえ思うのだが、それすらも近頃は心地よさを感じられるようになってきた。

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