388 / 1636

act.4哀婉ドール<26>

「……櫻先輩の匂いでいっぱい」 ダブルベッドよりも更に一回り大きなクイーンサイズのベッドへ座らせた葵は、きょろきょろと辺りを見回しながら、そんな感想を口にしてきた。確かに櫻は部屋に自分好みの薔薇のルームフレグランスを置いている。それが体に染み付いて自分自身の香りになっているのも自覚はしている。だが、まさか部屋に入って開口一番の言葉がそれとは思わなかった。 「好き?この匂い」 葵に問えば、彼からは満面の笑みと頷きが返ってきた。そう言われれば悪い気はしない。葵も自分と同じ香りを身に纏えばいい。一夜を共にすれば染み込むだろうか。そんなことまで考え始めてしまう。 だが、今ここでベッドに引き込むのはさすがにまだ早いのは分かっている。だからその代わり、櫻の欲を満たしてくれるアイテムをクローゼットから引き出してきた。 「はい、葵ちゃん。これに着替えて」 「……え?なんで、ですか?」 葵にハンガーごと差し出したのは、コットン素材の白いワンピース。ふんわりとしたデザインのそれは、襟元や袖の縁、そしてミディアム丈のスカートの裾に上品な刺繍があしらわれている。全てが白い素材だが、唯一ウエストを絞るようにあしらわれた大きなリボンだけは熟れた苺のような色をしている。そのコントラストはまるでショートケーキ。 渡された葵は丸っきり分からないと言いたげにワンピースを見つめてはぱちぱちと瞬きを繰り返している。 「なんでって、僕がこれ着た葵ちゃんを連れ回したいからだけど。それ以外に何か理由が必要?」 男子高校生と言えど、ちっとも骨ばっていない華奢で愛らしい容姿をしている葵はこうしたデザインの服を違和感なくしっかり着こなしてくれるだろう。それが見たい。いつか着せてやろうと思って準備していたもののなかなか機会がなかったのだが、櫻の願望を咎める人間が居ない今が絶好のチャンスだ。 「あ、でも勘違いしないでね。女の子みたいな格好が見たいわけじゃなくて、男の子なのに似合っちゃって恥ずかしがる葵ちゃんが見たいだけだから。この違い、わかる?」 ダメ元でフェチの解説をしてみるが、葵からはちっとも分からないと首を振られてしまう。初めから理解など求めていないが、否定されているようで少し寂しい気もする。 「靴とか小物も持ってくるから先に着替えておいて」 「や、あの、着ないです」 「また無駄な時間を過ごさせるの?最初から言うこと聞きなさいってさっきも叱ったはずだけど」 嫌がる素振りを見せる葵にそうとだけ言い残してクローゼットの中に入った櫻は、宣言通り、元からふわりとしたスカートのボリュームを更に上げるチュールパニエや、真白い靴下、赤茶のレースアップシューズ、そしておまけにとリボンの付いたカチューシャも用意してきた。

ともだちにシェアしよう!