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act.4哀婉ドール<28>
「サイズは?ぴったり?」
「はい……あの、これで良いですか?出掛けるのはやっぱり」
「だーめ。そういうの往生際が悪いっていうんだよ」
一瞬姿を目に焼き付けたぐらいで満足出来ると思わないでほしい。櫻がそうして叱れば諦めたように目を伏せられてしまった。でもそれを無視して仕上げのカチューシャを添えてやれば完成だ。
「もしかして、これで玄関、通らなくちゃだめ、ですか?」
「当たり前でしょ。どうやって外に出るっていうの?大丈夫だよ、人少ないから」
葵の身に付けていた服を回収して再びエレベーターへと足を向ければ、葵は少し抵抗する素振りを見せてきた。確かに誰かの目に留まってしまうかもしれないが、大した騒ぎにはならないだろう。
「恥ずかしいなら顔伏せてれば?」
そうアドバイスしてやれば、葵は素直に俯き、そして櫻にギュッとしがみついてきた。顔を寄せられたシャツ越しに少し濡れた感触がするから、きっと涙を零しているのだろう。
────本当に泣き虫だねぇ。
きっとそれを口に出してしまえば、葵はますます拗ねてしまう気がするから、櫻は本音を心の中だけにとどめておいた。
エレベーターを降りると、いつもなら騒がしいぐらいにいつも生徒たちのたまり場と化しているエントランスは、先程櫻が通りかかった時と変わらず静まり返っている。
櫻が呼んだ車は寮の正面にあるロータリーにつけられていた。少し年配の運転手が主人の到着を静かに車外で待っている。いつも一人で行動する櫻が珍しく連れを、それも男子校には不似合いな格好をしている人物を連れてきたとあれば、彼は少しだけ驚いたような顔をしてみせたが、すぐに後部座席のドアを開けて頭を垂れる。余計な事を口にしないのは良い使用人の証だ。
目的地を告げれば、静かに車が動き出した。だが、相変わらず葵は櫻にしがみついたまま。そこでふとあることを思い出す。
「葵ちゃん、車苦手だったっけ?」
「……ん、へーき」
歓迎会へもわざわざ電車で移動するぐらいだ。余程かと思えば、本人からは少しぼんやりとした声が返ってくる。いつも敬語を崩さないというのに、どこか砕けた言葉に違和感を覚えて顔を覗き込むと、やはり少し視線が揺らいでいる。
「こういう苛め方は趣味じゃない。降りようか」
いくら櫻でも、葵が本気で嫌がることを押し進めるつもりはない。それも葵が体調を崩しかねないものなら尚更だ。けれど、葵はふるふると首を横に振って、櫻に体を凭れかけてきた。
「こうしてたら、へーき」
「……後で甘いもの、食べさせてあげるね」
葵が一度意地を張ると案外なかなか折れないのは心得ている。だから櫻はせめてものお詫びにとそう提案をした。
しかし葵から返ってきたのはやはりどこかいつもと少し違う笑顔だった。
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