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act.4哀婉ドール<29>
* * * * * *
気だるさを感じながら腕を伸ばして携帯のディスプレイを確認すると、既に昼に限りなく近い時刻が表示されていた。寝すぎた、そう思うが、寝始めたのが朝方だったのだから致し方ない。けれど葵が起こしに来なかったのは不自然。どこか遊びに連れて行ってくれとねだってきてもいいはずだ。
違和感を覚えながら部屋着のまま階下へ向かえば、そこにはやはり葵の姿がない。それどころか父や兄、昨日勝手に泊まりにやってきた都古も見えない。
「おふくろ、葵は?」
リビングに唯一居る母、紗耶香に声を掛ければ彼女は京介の登場に一瞬驚いたように体を揺らしたが、すぐにいつもの表情で息子を叱ってくる。
「もっと言うことがあるんじゃない?また勝手に朝帰りして」
「いいから、葵は?」
「……あんたのその葵ちゃんしか頭にないとこは昔っから変わらないわね」
呆れたように溜息をつかれたが、事実だから否定はしない。ずっと葵中心の生活を送ってきたのだから今更変えろと言われてもどうしようもなかった。
「葵ちゃんなら都古くんと一緒に朝から学校行ったわよ」
どうやら今日は葵を都古に奪われたらしい。自分が昨夜感情のままに家を飛び出し、そして他に行く宛もなく、シフトが入っていないというのにバイト先に顔を出したせいなのは分かっている。だが悔しい気持ちは否めない。それに都古と二人で外に出たことへも不安を感じてしまう。葵の父親、馨が葵を欲しがっていると知ったばかりだ。
「大丈夫、冬耶が後ろから見張ってたらしいから。ちゃんと学校まで行けたって連絡あったわ」
「あっそ」
京介の心配を察した紗耶香に先回りして告げられ、京介は言葉ではそっけなく言い返したものの内心安堵することが出来た。確かにあの兄のことだ。安全が確保出来るまで葵を野放しにすることはないだろう。
「陽平は藤沢さんの所に行ってるわ。会えるまで待つみたい」
もう一人姿の見えない存在の所在も紗耶香は教えてくれた。昨日連絡が取れなかったという葵の祖父の元へこちらから押しかけるあたり、父も切羽詰まっているのだろう。馨に手出しをさせないと約束出来たらいいが……。そこまで考えた京介は紗耶香の傍に置かれたダンボール箱にようやく視線をやった。
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