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act.4哀婉ドール<30>

「何それ」 「……これ、葵ちゃん宛なの」 一メートル四方はありそうな箱を撫でながら紗耶香がぽつりと呟くその声音は彼女らしくない、くぐもったもの。嫌な予感に打ち震えているのは明らかだった。 京介がソファから腰を上げてダンボールの上部を覗き見れば、そこに貼られた伝票には確かに葵の名前が記されている。だが送り主の欄には何も記載されていない。この状態で配送されるわけもなく、先日陽平宛に届いた手紙のように直接持ち込まれたことを匂わせていた。 開封されずに貼られたままになっていたテープの端に指を掛けると、思いの外抵抗もなく簡単に剥がれていく。ダンボールの中身は光沢のある白い不織布に包まれた何か。箱から包みを取り出さないままロイヤルブルーのリボンを乱暴に解けば、中から毛足の長いクマが顔を覗かせた。 「中身は何?京介」 「クマのぬいぐるみ」 中を見る勇気がなかったのか目を背けたままの紗耶香に中身を教えてやった。おかしなものではないと安堵した紗耶香はようやく京介と共に箱の中を覗きみてくる。 「どうしてこんなもの」 「……葵が欲しがってたやつ。春休み、あいつ言ってただろ」 京介が葵と二人で動物園に行った日の夜、このぬいぐるみを買えなかったことをずっと残念がっていた様子は紗耶香も覚えていたようだ。京介がヒントを与えると紗耶香の顔にはまた嫌な色が滲む。京介も同感だ。以前から付け回されていたのだと言われているようなものだ。気分を害しても無理はない。 包みの中を更に探ると、白緑色の封筒が二つ入っていることに気が付いた。深い緑色のインクで刻まれた宛名の一つは葵。そして裏面には”パパより”と予想通りの送り主が記載されていた。そしてもう一つの封筒には見える所には何も書かれていない。 「これ、俺ら宛だ」 初めから西名家の人間が先に開封することを見越してこれを同封したのだろう。手紙には葵宛のものと同じインクで、これを葵に渡さなければ何度でも同じものを送ると脅しめいたことがバカ丁寧な文章で綴られていた。葵だけに渡すならいくらでも方法があるというのに、こうした手法を取るのはあの男らしい。 「捨てるか」 「ダメよ、陽平が帰ってくるまで待って」 気味の悪い代物をいつまでに家に置いておきたくない。馨の言いなりにはならず、すぐにこのクマを処分することを宣言すれば、紗耶香からは冷静に止められてしまった。 二人で出した結論は、一旦この大きなクマをダンボールごと階段下の物置スペースに隠すことだった。葵がその仄暗いスペースの扉を自ら開けることは滅多にないが、万が一に備えて手紙だけは紗耶香が自身の部屋へと隠しておくことに決めた。

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