392 / 515

act.4哀婉ドール<31>

仕舞う際に葵宛の手紙の文章も確かめたが、そこには見なければ良かったと後悔したくなる一言が柔らかな書体で記されていた。 “お待たせ” 葵がずっと馨のことを求めていたかのような言い回しが気に入らない。そして何より腹立たしいのは、これを見た葵が馨を選ぶのではないか、そんな不安を抱く自分自身だ。”パパ”に捨てられたわけではないと知ったら葵はきっと喜んでしまう。それが恐ろしかった。 再びリビングのソファに腰を下ろした京介は、動揺を母に悟られないよう組んだ指先に力を込めて震えを押し殺した。 「何が葵ちゃんにとって一番幸せな選択なのかしら」 紗耶香の呟きは高い天井に取り付けられたシーリングファンの静かな稼働音にかき消されそうな程弱々しい。表情もいつもの気丈な母の顔ではない。 「アイツに渡して幸せなわけねぇだろ」 「分かってる。それは分かってるけど……葵ちゃん自身にその選択をさせないと、意味がない気がするの。私達と共に居たほうが幸せだと、そう思っていてほしい」 紗耶香の言いたいことは京介にも理解出来る。確かにこうして葵の知らない内に馨からのコンタクトを遮断したところで、真の意味での解決には至らない。葵が自らの手で西名家の元に居ることを選んで欲しい。既に馨との時間よりもずっと長い時をこの家で過ごしてきたはずだ。ただ、間違いなく自分たちを選ぶとは言い切れないのが辛い。 「やっと無邪気に振る舞えるようになったのに。またあの子の笑顔がなくなったら……どうしたいいの」 俯いた紗耶香の声に僅かに震えが感じ取れた。 西名家に引き取ってしばらく、葵は日常生活を送らせることが難しいほど衰弱していた。当然冬耶や京介のように通学させることも出来ず、自宅で療養させていたのだ。その時間ずっと傍に居て、生みの子以上とも言える愛情を注いで来たのは紗耶香だ。長い時間を掛けて葵の成長を見守ってきた”母”として、今の状況が痛いほど苦しいのは京介にも察しはつく。 「葵は渡さないから。絶対に」 一人の男として葵を欲しているだけじゃない。家族としても葵はかけがえのない存在だ。だから京介は、あの時必死に葵を守っていた両親の代わりに、これからは自分が動くと、そう宣言した。 「……なら夜はちゃんと帰ってきなさい」 紗耶香は安堵するどころか、昨夜のことをまた槍玉に挙げてチクリと言い返してくる。だがそれも彼女らしい。その表情は京介が心配して損をしたと思わせるほど、いつも通りの母の顔に戻っていた。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!