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act.4哀婉ドール<32>
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窓を流れる景色を眺めていると、少しずつ人通りの多い街中に出てきたことが分かる。この格好で出歩くには、学園や自宅の近くより葵を知る人が少ないであろう見慣れぬ場所のほうがマシかもしれない。そう考えて葵は視線を自身の纏うスカートへと下ろす。
ふわふわとした素材は揺れるだけで太ももをくすぐってくるし、何とも言えない心許なさがある。けれど、隣にいる櫻はひと目見てすぐに分かる程上機嫌だ。この表情が見られるのなら多少の恥ずかしさは我慢しようとも思える。
だが、こうした愛らしい格好には既視感がある。幼い頃よくこんな格好をして、そしてカメラを向けられていた記憶。仕舞い込んでいた思い出がずるずると引きずり出される感覚で頭が痛い。
「……どうしたの?葵ちゃん。やっぱり気分悪い?」
痛みを和らげる為に櫻の肩口に額を押し当てれば、すぐに異変に気付いた彼に声を掛けられる。いつもの意地悪な声音ではなく本気で葵を心配する色が込められていた。
「だい、じょぶ」
「嘘つき。もう近くまで着いたから降りようか」
強がってはみたものの、上手く言葉すら発することが出来ない状態ではごまかしようがない。櫻が運転手に指示を出す声がしたかと思えば、すぐに車は道路脇へと静かに停められた。
「抱っこしようか?」
手を引かれて車を降りるなりされた提案。でもそれは首を横に振って断ってみせる。心配そうに顔を覗き込まれるが、さすがに抱き上げられるのは恥ずかしい。ここが誰も居ない場所ならまだしも、辺りは休日を楽しむ人が大勢行き交っているのだ。
「葵ちゃんはさ、甘えるのが下手だよね」
「……下手?」
溜息をついた櫻は乱れた葵の髪を直しながら、少し咎めるような声を出してきた。京介にはよく甘えただと怒られてばかりだから下手なんて表現されるとは思いもしなかった。疑問を感じて櫻を見上げれば、苦笑いが返ってくる。
「辛い時に辛いって言わないでしょ。無理してばっか。それとも僕が相手だから?」
問われてもなんと応えてよいか分からず、ただ櫻の明るいブラウンの瞳を見つめ返すことしか出来ない。それどころか陽の光に当たってきらきらと輝く瞳も、そして髪も、綺麗だと、そんなことを考えていることがバレたらきっと怒られてしまうだろう。
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