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act.4哀婉ドール<33>

「仲良くしたいだけなんだよ、本当に。……ごめんね。そんなに車が苦手なんて思わなかった」 するりと頬を撫でられ、そして謝られてしまうが、その少し悲しげな笑顔すら綺麗だ。何か口を開かなければと頭では思っていても、乾いた喉では何も言葉が出てこない。ただ伸ばされた造り物のような手に自分の手を重ねてぎゅっと力を込めることが精一杯だった。そのまま手を繋げば櫻の表情が和らいでくれるから葵の行動は不正解、ではなかったのだろう。 とにかく移動しようと提案され、人通りの多い道を二人で進んでいく。人混みが嫌いだと言っていたはずの櫻がどうしてこんな場所に来たがったのか。それは分からないが、葵はただ人目を避けるために櫻にしがみつきながら着いていくだけだ。 数分歩いた先でようやく櫻が足を止めたのは、イタリアの国旗が掲げられた小じんまりとした店舗だった。白い看板に金色で描かれた文字も英語ではない言語に見える。 「……ここ?」 「そう、おいで。怖いとこじゃないから」 女性客の多い店内に誘われ、共に足を踏み入れてようやくそこが何の店なのか理解出来た。ガラスのショーケースの中に並ぶのは色とりどりのジェラート。見ているだけで気分が上昇していく。甘いものを食べさせてくれると言っていたのは本当だったらしい。 「葵ちゃん、何味がいい?」 「えっと……」 差し出された小さなメニュープレートに目を通すがあまりにも色々な味がありすぎて、ただでさえ優柔不断な葵は即決が出来ない。ストロベリーもいいし、バニラもいい。チョコレートも美味しそうだ。けれど、せっかくだから今まで食べたことのない味も試してみたい。 「そんなに悩む?決まらないなら勝手に選んじゃうよ?」 「……じゃあ、オススメ、で」 「呆れた。食べたいもの食べればいいのに」 好き嫌いのはっきりしている櫻には葵の迷いは理解出来ないらしい。助かったとばかりに櫻に判断を委ねると、眉をひそめられてしまった。それでも櫻が美味しいと感じるものを教えてもらえるほうが良い。”仲良くなりたい”、その気持ちは葵だって同じだった。 注文の列に並んだ櫻からは先に座席に座っているよう言いつけられ、葵は大人しくそれに従う。こんな格好で居ることを誰かに気味悪がられるのではないか。櫻と離れると途端に周りの目が気になるが、周囲の人たちは皆、手元のジェラートに夢中になっているだけ。誰も葵のことなど気にしていないようだ。 それでも、向かいの窓ガラスに反射して僅かに見える自分の姿はやはり異質だと思ってしまう。髪を隠すのはいつもの帽子ではない。ちっとも髪を覆ってくれない愛らしいカチューシャ。せめてこれだけでも外してしまおうか。どうしても気になった葵が手を伸ばした時だった。 「こら、何勝手なことしてるの?」 咎めるような言葉だが、その声にはどこか甘さが含まれている。振り返れば、そこには二人分のジェラートを手にした櫻が居た。表情も怒ってはおらず、未だにこの格好に悪あがきをする葵を面白がっているようだった。 向かいの席に座った櫻は、ジェラートの器を二つとも葵に差し出してきた。

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