396 / 1636
act.4哀婉ドール<34>
「ヘーゼルナッツとブラッドオレンジ。どっちがいい?」
淡い生成色と、鮮やかな赤みがかった橙色。その二つの選択肢を与えられても葵はまだ選びきれない。二つを何度も見比べていると、櫻からは”半分こ”を提案された。葵もその考えは頭を過ぎっていたが、潔癖症な櫻が誰かと食べ物をシェアするところなど見たことがない。だから口に出さないでおいたのだ。
「嫌じゃないですか?」
「なんで?葵ちゃんとなら良いよ」
さらりと返される言葉は自分が特別と言われているようで、胸がきゅっと熱くなる。意地悪ばかり言うけれど、それでもこの人が好きだと、こんな時に実感させられてしまう。
「やっと顔色戻ってきたね。良かった」
まずはオレンジの甘酸っぱいジェラートを口に運ぶと、櫻からは褒めるように手が伸ばされる。そしてそのまま髪を撫でられた。確かに車に乗っていた時の嫌な頭痛は、今は治まっている。甘ったるいだけではない、酸味の効いた味がぐちゃぐちゃだった頭の中を正してくれたのだと思う。
「美味しい、から」
「気に入った?また来ようか」
「はい。……あ、でも、今度は普通の格好がいい、です」
こうして櫻と出掛けられるのは嬉しいが、またこんな格好を強要させられるのは困る。気分が悪かったのだって車のせいというよりは、この服が呼び起こしてきた記憶のせいだ。幾分か冷静になってきた頭で主張すれば、櫻には美しい笑顔で予想外の事実を告げられてしまう。
「でもこれから次のデートの服買いに行くんだよ?」
「えっ?」
「それ買ったお店。この先にあるから。沢山試着して決めようね」
てっきりジェラートが目的地なのかと思えば違ったらしい。あくまでこの場所はおまけ。これから恥ずかしい思いをさせられると分かってしまえば、今すぐにでも逃げ出したくなる気持ちは否めない。
「あれ、拗ねちゃった?」
俯いてただ溶け始めたジェラートを口に運べば、櫻からは機嫌をとるように頭を撫でられる。でも沈んでしまった気持ちはそう簡単には戻らない。
「そんなに嫌なの?可愛いのに」
「これで外……出たくないです」
格好自体も嫌だが、人目につく場所を歩かされるのが何より辛い。ただでさえ髪を晒すのが怖いのだから、この格好で街に出るなんて言いようもない不安に駆られてしまう。
「外出たくないのか。分かった」
葵の主張は拍子抜けするぐらいあっさりと認められた。驚いて思わず顔をあげれば、やはりそこには華やかな笑みが待っていた。
「じゃあ僕のベッドの上で見せて。僕だけの宝物にするから。よくよく考えたら、この葵ちゃんを人に見せるのも勿体無い気がしてきたし」
諦めてくれたわけではないらしい。それどころか笑顔の裏に妖しい色が隠されているのは葵にも何となく察することが出来る。
「良いよね?葵ちゃん」
他の答えなど許さない問いかけ。条件反射のようにこくりと頷いてしまい、そしてすぐに後悔する。
どうしてこの美しく我儘な先輩に逆らえないのだろう。悔しくてたまらないのに、葵の返答に満足気に学園では見せない柔らかな表情を浮かべて見せるのだから、正しい事をしたのだと思わされる。
「いい子だね」
褒めるように空いた手を取られ指先に口付けられれば、もう何も言い返せない。紅い唇に触れた指先がじんわりと熱を持っていくのを誤魔化すように、葵はまた一口、ジェラートを飲み込んだ。
ともだちにシェアしよう!

