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act.4哀婉ドール<38>

「あぁ、冬耶さんから頼まれて。烏山くんが補習サボってないか見てきてって」 「だってさ、都古くん。良かったねちゃんと教室居て」 あの葵の過保護な兄は、都古の世話までこうして焼いてくる。都古が葵の傍から離れられない可能性を察して、こうして見張りを寄越したのだろう。鬱陶しいと思う時もあるが、それでも不愉快にはならないのが冬耶の人柄の為せる技だ。 「頑張ってたって伝えとくね」 先輩に対して失礼な悪戯ばかりする七瀬と、無愛想な都古。二人に対してもっと苛立ってもいいはずなのだが、奈央は至って爽やかにそう言い残すとひらひらと手を振って廊下を戻っていってしまった。 「都古くん。あれはある意味手強いよ、きっと」 「……うん」 七瀬の言いたいことは何となく分かる。グイグイと強引に葵を口説くタイプも要注意だが、ああいうほんわかと見えるタイプこそ葵の深層部に入り込みやすい。 「相良さんとかああいう感じだもんね」 七瀬が名を上げた遥がその代表格だ。見た目は綺麗なお兄さんを地で行っているし、葵相手にはいつでもふわふわと笑っていて飛び切り甘い。葵も遥はそういう人だと思いこんで信頼しきっている。 だが、遥はとてつもない策士だ。葵への優しさも愛情も嘘偽りはないが、冬耶ですら操れる計算高さは侮れない。葵を泣かせることなく丸め込むのも非常に上手い。 「遥さん、増えたら……やだ」 せっかく最強とも言えるライバルが消えてくれたのに、二号が現れては困る。思わず口をついて出た弱音は、七瀬にパシンと背中を叩かれて打ち払われた。 「ま、高山さんは大丈夫でしょ。チューしてないって言うし。相良さんはしまくってたもんね、葵ちゃんと」 「……え?それ、知らない」 「あ、やば、何でもない」 思わぬ事実を打ち明けられた都古は当然動揺する。唇にはキスをしないと宣言し、周りにもそれを強要してきた冬耶と共に居るのだから、当然遥もその主義だと思いこんで安心していた。だが、どうやら違うらしい。 問い正そうと慌てて七瀬の後を追って教室に駆け込んだが、ちょうど休憩時間が終わり教師が戻ってきてしまった。 「さっきの、何?」 今度は授業中都古が七瀬に話しかけ続ける番だ。けれどあれだけお喋りなはずの七瀬が一向にこちらを向かず無言を貫いている。 これはもうあとで直接ご主人様に聞くしかない。”しまくってた”と表現されるのだから、一度や二度の話ではないはずだ。その数以上のキスを与えてもらえなくては気が済まない。 あと二つ授業が残っているというのに、都古の頭にあるのは葵を捕まえ、たっぷりと体を重ねることだけだった。

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