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act.4哀婉ドール<39>
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ジェラートショップを出て櫻に連れて行かれたのは宣言通りの洋装店だった。ヴィクトリアン様式の店内には今葵が身に纏っているような類の服や小物が品よく配置されている。だがこうした可愛らしい洋服だけでなく、男性向けのフォーマルも取り扱っているらしい。
櫻が入るなり駆け寄ってきて頭を下げてきた店員に驚いてみせると、演奏会用の衣装のためによく利用しているのだと教えてくれた。
「この子に似合いそうな服のサンプル、適当に見繕って持ってきて」
既製品もあるが、オーダーメイドが基本らしい。櫻が言いつければ早速店員がデザインブックといくつかのワンピースを抱えてやってきた。”要らない”と、そんなことを言い出しにくい雰囲気である。
「あぁこの水色の可愛いね。アリスみたいで葵ちゃん似合いそう。ね?」
奥の応接セットに座って早速サンプルに目を通し始めた櫻は、その中の一つを気に入ったらしい。白いエプロンとセットになった水色のワンピース。確かに童話に出てくる主人公の格好を彷彿させるものだ。
けれど、櫻は色で迷っているらしい。色白の肌を引き立てるのは黒がいいとか、愛らしさを強調するならピンクのほうか、なんて相談されても葵は正直言えばどの色も嫌である。せっかくジェラートを食べて治まっていた頭痛がまた鈍く響き始めてきた。この空間はあまりにも昔の記憶を呼び覚ますものが多すぎる。
それに、櫻の手元からちらりと料金が見えてしまってますます買ってほしくないと思わされる。葵の予想よりもゼロが一つ多かったのだ。そもそも既に一着買い与えられてしまっている。ワンピースだけで凄まじい値段なのに、頭から爪先まで揃えられてはきっと想像もしたくない額になったはず。
「……どうしよ、高い」
「それがどうかしたの?」
「あの、ホントにもう、いらない」
櫻は先輩で、きちんとした喋り方をしなければと頭では分かっていても、ぐずぐずの頭では幼い言葉しか発せなくなってしまう。思考回路が壊されている感覚だ。ありがたいのは葵がそうした言葉遣いをしても櫻が機嫌を損ねないこと。
「要るか要らないかは僕が決めるんだけど。っていうか僕の持ち物を葵ちゃんに着せてるだけだし、何か文句あるの?」
面白そうに見つめてくる櫻に問われ、まともに言い返す言葉が浮かんでこない。葵へのプレゼントなら拒否出来るが、あくまで櫻の私物だと言い張られれば葵が断る権利はない。
「でも、やだ」
「なんで?次は部屋から出ないって約束するから。僕だけに見せて。ね?」
まるで葵が我儘を言っているような状況だ。店員の前だというのに、腰を寄せられ、なだめるように額にキスを落とされてしまう。それでもどうしても葵は拒みたかった。
櫻が喜ぶことなら、多少恥ずかしくても我慢しようと思えた。でも、やはり思い出したくない記憶がじわじわと溢れて来て、きっとこのままではおかしくなる。櫻にはパニックに陥った姿など見せたくなかった。ただそれを説明することが出来なくて、首を横に振って意思表示をするしかない。
しばらくそれを繰り返していると、櫻からは溜息をつかれてこんな妥協案が提示された。
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