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act.4哀婉ドール<40>
「じゃあ、わかった。今日試着に付き合ってくれたらしばらく我慢する。どう?」
「今日、だけ?」
“しばらく”と曖昧な表現で逃げ道を作られたことには気が付けない。ただ葵は救いの手が差し伸べられたとばかりにそれに縋りたくなってしまう。
櫻は頷くと、早速とばかりに店員から数着の衣装を受け取り、店内の一番奥に並ぶ試着室の一つへと招き入れてくれた。
試着室はそれだけで十分な一室として成立するほどの広さで、小ぶりなシャンデリアがシックな空間全体を薄ピンクに照らしている。壁は店内の内装と同じヴィクトリア調のレトロなパターンに覆われていた。
靴を脱いで一段上がるとラベンダー色のカーペットは足が沈むほどの弾力があることに気付かされる。ベッドよりも居心地が良いかもしれないと思わせるほど。奥に十分寝転がれそうなソファベンチがあるというのに、葵はつい、カーペットに座り込んでその感触を楽しんでしまう。
「葵ちゃん」
持ち込んだ服を室内のラックに掛けた櫻も葵の隣にやってきた。声を掛けられて振り返ると、途端にギュッと抱き締められる。上から覆いかぶさるようにされれば、カーペットに倒れ込むか、櫻にしがみつくか、そのどちらかしか体のバランスを取る方法がない。
「やっと触れる。めちゃくちゃ我慢したんだよ?」
「んッ…あ、さくら、せんぱ」
葵が選んだのは櫻にしがみつくこと。肩口に手を回せば、それが合図とばかりにほの甘い薔薇の香りと共に唇が近付いて来る。重なった唇からちゅっと淡いリップ音がして、それだけで恥ずかしさに頬が染まる感覚がする。
「目、瞑らないの?」
葵の唇を啄みながら悪戯っぽく笑う櫻に、ようやく自分が櫻に釘付けになっていたのだと気が付いた。櫻に初めてキスを仕掛けられた時、確かに目を瞑りなさいと教え込まれた気がする。だが慌てて目を瞑るなり告げられた言葉にはもう一度瞼を開けざるを得なくなった。
「着替えよっか」
「いえ、自分で……んんっ」
すぐさま断ったというのに、腰を支えるように回っていた櫻の手がスルスルとリボンを解いてくる。拒もうとすればまたキスが落とされて文句の言葉は櫻の唇に飲み込まれてしまった。
腔内にぬるりと滑り込んできた櫻の舌を押し返そうと出した舌は、逆に先端を甘噛されて捕らえられる。敏感な粘膜をそうして苛められると、ほんの少しの痛みと何とも表現しがたいむず痒さが湧き上がってきた。
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