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act.4哀婉ドール<50>
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「これ、セットで頂戴」
試着室を出た櫻は、水色のワンピースを店員に手渡した。するとすぐに優秀な彼はそれに合う付属物を揃えてみせる。薄手の真白い靴下と黒いエナメルのバレエシューズ。そしてワンポイントのリボンの付いた、同じく黒のカチューシャ。どれもがひと目見て分かるほど質が良い。
この店は元々男女のフォーマルを扱うごく普通の洋装店だったが、得意先のお嬢様方の趣味でこうした可愛らしさに特化したデザインのラインがいつの間にか主流になりつつあるらしい。
だから櫻もこの店で葵に着せたい衣服を堂々と物色することが出来る。
「全体的なサイズは前と同じで構わないけど、胸とウエスト、このぐらい絞っちゃって」
華奢な葵には今身に付けさせているワンピースは少し大きかった。胸元は当然ではあるが、ウエストもリボンで結ばなければダブついて見える。だから櫻は水色の生地を摘んで店員に指し示した。
「お袖は宜しいですか?演奏されるのでしたら、広がったタイプは少々妨げになるかと……」
遠慮がちに店員が見せてきたのはワンピースの袖部分。確かに派手さはないものの、袖に向かってふんわりと広がったデザインは彼の言う通り繊細な腕の動きを邪魔するだろう。
「あぁ、いいの。あの子は演奏しないから」
どうやら葵を月島家の一員、もしくは関係者だと予測していた店員に、櫻はそう返し、少し視線を強める。
「念のため言うけど、他言無用だよ」
「……はい、心得ております」
自分が誰かを伴わせただけでなく、愛らしい衣装をプレゼントしている話が漏れれば、陰湿な月島家の連中が黙っているわけがない。櫻が口封じをすれば、店員は当然の如く頭を垂れて、口外しないことを約束してみせた。
サイズを直したものは他の品物と共に直接寮に届けさせることにした。会計を済ませた櫻は、近くに待機させていた運転手に車に積んだままだった葵の荷物を店内へと運び込ませる。
今日はもう十分気は済んだし、これ以上葵に可愛らしい格好をさせ続けると、いよいよ本格的に拗ねられてしまいそうだ。元の服に着替えさせ、そして軽く食事でもして家まで送ろう。
そう考えた櫻が試着室へ戻ると、そこには思いもよらない光景が待っていた。
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