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act.4哀婉ドール<57>

「仲直りしてくれる?」 「ケンカ、しちゃったんですか?」 櫻が葵の体を抱き締めながら持ち掛けてきた”仲直り”は、葵が予想していなかったことだった。櫻と揉めてしまったのなら、すぐに謝って関係を修復したい。けれど尋ね返した葵を見て、櫻は更に困ったような顔をした。 「そうじゃないけど。僕のこと嫌になったかなって」 「嫌になるなんてそんなこと、あるわけ無いです。櫻先輩のことは大好きです」 「なら良かった。僕も葵ちゃんのことが好きだよ。とってもね」 そう切り上げた櫻はこれ以上この話題は止めようと言わんばかりに目の前の皿から一欠片のショートケーキをフォークに乗せ、それを葵の口元まで運んでくる。だが、ツンとシルバーの先で唇を突かれても、葵はこのまま有耶無耶にしたくはなかった。 「何があったんですか?僕がこれ付けちゃったんですよね」 「ジェラート食べたからお腹空いてない?でも一口ぐらい食べれるでしょ?」 「あ、ちょ……んっ」 全く葵の質問に答えてくれないどころか、櫻は半ば強引に葵の唇にケーキをねじ込んでくる。拒むわけにもいかず大人しく口に入れた葵は、早く咀嚼して櫻にもう一度質問を重ねようと思い立つ。 けれど櫻は葵の問いかけを拒むように先手を打ってきた。 「僕はこういうのが下手だからまた葵ちゃんを傷つけることになる。それは嫌だし、もうこの話は終わり」 フイとまた体をテーブルへと向き直らせた櫻の横顔は相変わらず綺麗だけれど、やはり表情は浮かない。このまま櫻の言う通り、区切りを付けてしまったほうが良いのかもしれない。けれど、それでは櫻の優しさに甘えることになる。自分が引き起こしたことの責任は自分できちんと取らなければと、そう思う。 「櫻先輩、この傷……ちゃんと謝らせてください」 葵から直視できないよう遠ざけた指を捕まえて、もう一度櫻と向き合おうとした。すると、櫻は一度溜息をつくと改めて葵のほうを見やってくる。その顔には心なしか呆れが浮かんでいた。 「葵ちゃんってさ、いつもは泣き虫なのにこういう時は強いよね。知らないフリしとけばいいのに」 「だって……」 「初めて会った時もそうだった。何度あしらっても食い下がってくるんだもん」 あの日のことを思い出したのか櫻はおかしそうに笑い、そして傷のついた手を葵の前にもう一度差し出してくれた。 「でも、多分僕は葵ちゃんのそういうところも好きで仕方ないんだろうね」 「しつこい、ところ?」 「違う」 「物分りが悪い、とこ?」 「違うってば馬鹿」 話の流れで思い浮かぶ特徴を挙げてみたが、櫻には叱るようにピンと額を弾かれた。よく与えられる罰だが、今日は力が弱めだ。 「僕に歩み寄って来るところ」 櫻と仲良くなりたいのだから、そんな事は葵にとって当たり前だった。そこを好きと言われても葵にはいまいち想像が出来ない。

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