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act.4哀婉ドール<58>
「疎まれることに慣れてたから、変な感じだけどね」
「……疎まれるって?」
思いもよらない単語に驚いて聞き返したが、櫻はそれに答える事無くテーブルに置いた自身の携帯に目を向けた。ディスプレイ側が伏せられていて見えないが、振動音が継続的に聞こえるからどうやら電話が来ているらしいことは分かる。
「葵ちゃん、ごめん。食べてて」
携帯を手に取った櫻はそう言い残して部屋から出ていってしまった。出際にするりと頬を撫でてきた櫻の指の感触が残ってくすぐったい。
時刻を見ればおやつにはちょうど良い時間だったが、よくよく考えると今日は朝食とジェラートしか口にしていない。少食な葵でもさすがに空腹を感じ始めていた。
櫻を待っていようかと思ったが、きっとあの先輩のことだ。戻ってきて葵がケーキに一口も手を付けていない所を見れば、美味しくなかったのかと拗ねそうな気がする。そのぐらいは葵にも察しがつくようになっていた。
遠慮なくいただこう。
そう考えた葵は早速自分の目の前に置かれたケーキにフォークを通していく。オーソドックスなショートケーキの上にはとろりと苺を溶かした真っ赤なソースが掛かっている。
「おいしい」
口に含めばふわふわのスポンジと、程よい甘さの滑らかな生クリームにソースが絡み合って、そのハーモニーに思わず感嘆の声が溢れてしまう。
けれど、何度かそうしてお腹を満たしていく内に、白い皿に広がるソースを見てぼんやりと嫌な記憶まで溢れて来てしまった。
あの試着室で、白く形の良い指に苺ソースのように赤いものがぽつりと浮かんでいるビジョン。赤を自分が必死に舐め取っていたことを思い出した。ということは、やはり傷の原因はあの試着室で葵が何かをしでかしてしまったから、なのだろう。
「……あ」
動揺が手元に表れてしまったのか、フォークから掬いきれなかったソースがぽたりとシャツとそして、聖が付けなおしてくれたボタンに落ちる。気付いたときには手遅れだった。ギンガムチェックのシャツにじわじわと赤い染みが広がっていった。
シャツ自体もお気に入りだが、何よりも聖がくれたボタンに汚れが付いたのが嫌だった。でも葵の心配とは裏腹に、おしぼりで拭き取ればガラス製のボタンはすぐにつるりとした表面を表してくれる。
良かった、そう思ったのもつかの間で、シャツの染みが酷い事になっていたのに気が付きやはり洗い流さなくてはとそう思い立つ。
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