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act.4哀婉ドール<61>

葵には櫻側の気持ちもよく分かる。 どんなに仲が良くても、どんなに相手を好きでも、そして同じくらい相手からの好意を感じても、自分の抱えているものを吐き出す行為はとてつもない恐怖を伴う。だから葵は未だに現生徒会のメンバーにはほんの一部でも自分の秘密を打ち明けることが出来なかった。 西名家で暮らしている。それだけの事すら話せていなかった。いくらでも言うチャンスはあったし、話したいと思っているのにあと一歩の勇気が出てこない。 もし自分の意図しない所で葵の秘密が誰かに面白半分で広められてしまったら。想像しただけで胸が張り裂けそうなほど辛い。 「しかも、もっと面白い話があるんだよ」 「やだ、やだ、もうやめて」 いつのまにか堪えきれなかった涙が頬を伝う感覚がする。きっと葵の帰りを待ってくれている櫻を、これ以上彼の知らない所で傷付けたくない。 けれど、男はそんな葵の様子に構わず喋り続けた。 「あのね」 その弾んだ語り口はまるで悪魔のようだと、そう思う。 「彼、実は当主の息子なんじゃないかって噂もあるんだ。愛人の女は当主にも擦り寄っていたらしいからね。だから、いくら才能があるからって一族を潰すような状態に持ち込んだ女の息子を可愛がっているっていうのも頷けるでしょう?祖父と孫じゃなくて、父と息子なら、ね」 もう我慢出来ない。京介からは大声を出せない時や腕や足を拘束されている時は、頭突きとか噛み付くとか、そういう方法を使ってでもとにかく逃げろと教えられたことを思い出した。 暴力的な行為は不得手だが、今日エレベーターの中で口を塞ぐ同級生の手に噛み付いた時のように男の腕を噛んでやろう。葵がそう決心して構えた時だった。 「葵ちゃん、居る?」 ドアの開く音と共に、櫻の声が空間に響いた。 「ここ?大丈夫?」 一つだけドアが閉められているのだから葵の居場所はすぐに突き止められる。個室がノックされたが、何と答えていいか分からず、葵はただ固まる事しか出来ない。 助けを求めたほうがいいのは分かっている。けれど……。 「葵がこの話聞いたって、教えてあげてもいい?」 笑い混じりに耳元で囁いてくるこの男と櫻を引き合わせたくなどない。櫻を傷つけるような事を本人の目の前でも口走り兼ねないからだ。 「櫻先輩、あの、大丈夫なので先、戻っててください」 震えを懸命に押さえて発した声は、それでもやはりいつも通りを装うことは出来なかった。

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