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act.4哀婉ドール<63>

「これが今まで藤沢家が西名陽平に渡した小切手の控え。見てご覧?」 葵の動揺を更に煽るように男は小切手の切れ端を見せびらかしてきた。それは葵が西名家に引き取られた時から始まり、不定期ではあるが、どんどんと額が大きくなっているのは分かる。 「葵一人育てるだけでこれだけの金が手に入るんだったら、喜んで面倒見るよね」 男の言葉はまるで葵を地獄に突き落とすような威力のあるものだった。 陽平がどれだけ優しくて温かい人物なのか知っている。紗耶香もそうだ。差し伸べられた手が純粋な愛情ではないとしても、彼等に対する好意は揺るがないと言い切れる。けれど、こうして明かされる心の準備など葵には出来ていなかった。 「可哀想な葵。だから偽物の家族になんて惑わされるなって言ったのに。俺は止めたんだよ?あの日、君が彼等の手を取ろうとするのを」 ガタガタと震えるほど寒気がしてくるというのに、額には汗が浮かんでいたらしい。男がわざとらしくそれを拭ってきて、そして葵を慰めるようにまた頬に口付けてくる。でも彼が何を言っているのか、激しい耳鳴りのせいでもうちっとも頭に入ってこない。 「あぁもちろん、この事は君の”お兄ちゃん”も知っているからね。昨日、葵が高山奈央とプラネタリウムに行っている間、お兄ちゃんがどこに居たか教えてもらった?」 葵に正確に言葉を染み込ませるよう、男は耳元でゆっくりと言葉を紡いでくる。 「君のパパのところ、だよ。ほら」 男が差し出した携帯の画面には、どこかのビルの一角が映し出されていた。監視カメラからの映像なのか、画質は少々荒いが、陽平と連れ立って玄関をくぐる冬耶の姿がはっきりと映し出されている。その服装は確かに昨日と同じものだ。 「もっと金が欲しいって交渉しに行ったのかな?それとも、もう葵の役目は終わったって、そう言いに行ったのかな?」 「や、やだ…もう……やめて」 息が出来ない。ヒュッと喉の奥が締まる音が鳴り、そしてまた呼吸が自分の意思に反して乱されていく。コントロールが効かないことが更に葵の焦りを煽る。 「ねぇだから葵。もうあの人達の所に居るのはやめなよ。不幸になるだけだ」 「…ちが、そんなこと、ない」 「馬鹿だね葵は。本当に、愚か」 胸を押さえて苦しがる葵の様子に心底呆れたように男は吐き捨て、そして葵の体を突き飛ばすように膝から下ろした。 「まぁすぐに決断しろって言っても困るよね。じゃあ、また迎えに来るから。偽善者に惑わされないように」 “来ないで”、そう言いたいのに、荒い呼吸では睨みつけることも叶わない。床にしゃがみ込み、ひらひらと手を振る男の背中を葵はただ静かに涙を溢しながら見送ることしか出来なかった。

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