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act.4哀婉ドール<66>
「奈央は寮だし……あぁ、忍は?忍の家行く?」
「会長、さん?」
「そう。今日確か家に戻ってるはずだから」
姉が久しぶりに帰宅するから、と彼が寮を出て行ったことは把握していた。冷淡な見た目に反して、彼は家族とは仲が良い。本人は普通の関係だと言い張っているし、確かにべたべたとくっつくような親密さではないが、姉の好きな菓子を手土産にするあたり、紳士的で思いやりに溢れている。
彼ならば、葵を喜んで預かってくれるだろう。
「どう?行く?」
葵は少し迷った素振りを見せたが、ようやくこくりと頷いてくれた。けれど、櫻にしがみついてくるのは変わらない。だから櫻はそのまま葵を抱き上げてこの化粧室からひとまず出ることに決めた。
恥ずかしがられるかと思いきや、それよりも怯えが勝るのか葵はしっかりと櫻に引っ付いて離れない。
「お連れ様は……」
「少し気分が悪くなっただけだから、気にしないで」
店を出る時に遠慮がちに店員から声を掛けられたが、櫻が強く言い返せばそれ以上何も言わず、見送りのお辞儀を送ってきた。
「そうか、移動どうしよう。電車でも行けるけど……」
車まで辿り着いて櫻は新たな問題に気が付いた。葵は車が苦手だ。それは行きで十分に思い知った。このまま乗せれば言い訳ではなく、本当にまた気分を悪くさせてしまう。
けれど、幾分落ち着いてきた様子の葵はまた、意地を張ってくる。
「だい、じょぶ」
「嘘つき。やだよ、また真っ青になられるの。僕が苛めたって忍に誤解される」
「だいじょぶ」
もう十分忍に怒られそうな事はしでかしてしまっているが、それを棚に上げて櫻は葵を責めてみる。だが返ってくる答えは何度繰り返しても同じ。
「ぎゅってしてれば、だいじょぶ」
「知らないからね」
ダメ押しで可愛くねだられれば、何も言えない。タイミングを見計らっていた運転手が開けた扉を、櫻は葵を抱いたままくぐり抜けた。
「寝てれば?」
「……ん」
忍の家まではここから少し距離がある。学園に戻るよりも遠い。だからそうして促せば、葵は素直に櫻の胸に頭を預けてくる。いつもこうして甘えてくればいいのに。そう咎めたくなるが、甘えにくい環境を作っているのは櫻にも原因がある。それは反省しなくてはならないと今日共に過ごして感じた。
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