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act.4哀婉ドール<67>

髪を梳いてやっているとしばらくして穏やかな寝息が聞こえてきた。それでも時折、泣きじゃくっていた名残で、すんと小さく鼻を啜る音が聞こえる。それが堪らなく愛おしい。 この子を本当の意味で救ってやるにはどうしたらいいのだろう。 恐らく西名兄弟も同じ課題にずっと向き合っているはずだ。でも彼等でさえ、まだ葵を闇から救いあげてやれないのはこの様子を見れば明らかだ。 「難しい子だね、葵ちゃんは」 それが余計に夢中にさせる。何としてでも助けてやりたい。けれど、それにはまず葵の抱えているものを全て吐き出させなければ、対処の仕様がない。櫻には断片的なヒントしか与えられていないのだ。 冬耶や京介に尋ねれば何か分かるのだろうか。いや、その前に教えてもらえるのだろうか。葵を守るに値する人間として認めて貰えなければ、きっと葵の心の深部に触れる許しは得られない気がする。 先の見えない恋路に胸を痛ませながら、櫻は冬耶に宛てたメールを打ち始めた。 葵を寮から連れ出したこと。その途中で葵が誰かに接触されて泣かされたこと。そして、家に帰りたくないと主張したこと。今から忍の家に行くこと。 成り行きを簡単に説明した文章を作り上げ、最後に葵を抱えているから電話には出られないことを添えて送信ボタンを押した。 自分が愛らしい格好をさせて泣かせたことも言わなければと思ったが、それは直接伝えよう。”パパ”の事もその際尋ねたい。 冬耶からはすぐに返信が戻ってきた。 “後であーちゃんに聞かれない環境で電話して。ただし、あーちゃんを一人にはしないで” 難しい注文だ。だが、櫻はそれに対して”忍の家に着いたら”とだけ返した。忍に葵を預ければ冬耶と心置きなく会話することが出来る。 “了解” 秒で返ってきたのはシンプルな二文字。けれど、そこには冬耶の感情が込められている気がした。 もしかしなくてもあの魔王は怒っているだろう。普段はにこにこと常に笑って温厚な印象だが、可愛い弟に危害を加えたものには容赦しないのは知っている。 「あーあ、奈央よりも説教長そう」 想像しただけで憂鬱な気分になるが、それも葵を独り占めしようとした代償だろう。どうしてこうも自分は下手なのだろうか。 流れ行く景色と、そして葵の寝顔を見ながら、櫻は深い溜息を零したのだった。

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